日本女子マラソン動かす22歳の次代エース 一山麻緒、転向1年でつかんだ五輪切符

折山淑美

松田の好走に不安も「可能性はゼロではない」

名古屋ウィメンズマラソンを制した一山麻緒。高いハードルと見られていた条件をクリアーし、東京五輪代表の座をつかんだ 【写真:森田直樹/アフロスポーツ】

 高いハードルになるかと思えていた、松田瑞生(ダイハツ)が1月の大阪国際女子マラソンで出した日本歴代6位の2時間21分47秒。だが、東京五輪マラソン代表内定をつかむラストチャンスだった8日の名古屋ウイメンズマラソン出場の一山麻緒(ワコール)には、臆する気持ちはなかった。

「大阪国際の松田さんの走りは見ていたけど、途中で2時間20分台にいくんじゃないかと言われていたので、『すごいな、すごいな、名古屋はどうしよう』と思っていたんです。でも、フィニッシュが2時間21分47秒だったので。私はもともと2時間21分30秒を目指した練習をしていたので、可能性はゼロではないと思って、監督の鬼メニューを信じてやってきました」

 こう話す一山を指導する永山忠幸監督も、確かな目算を持っていた。

 一山の初マラソンは昨年3月の東京マラソンだった。そこで狙ったのは、同じチームになった安藤友香が、スズキ浜松ACに所属していた2017年の名古屋で出した、日本歴代4位(当時)かつ初マラソン日本最高の2時間21分36秒を更新することだった。結局、冷たい雨に見舞われる悪コンディションの中で2時間24分33秒にとどまったが、練習自体はしっかりできていた。その後、4月のロンドンマラソンを2時間27分27秒で走り、ワイルドカードで東京五輪マラソン代表選考会「マラソングランドチャンピオンシップ(MGC)」の出場権を獲得。9月のMGCは調子が悪かったために、チーム戦略の中で、有力選手に脚を使わせようとスタートからレースをハイペースにする役割を務め、2時間32分30秒で6位という結果に終わった。

 だが、自ら志願してアルバカーキで高地合宿を実施した今回は、永山監督が「自分が立てた練習メニューの消化状況を見ているうちに、『これでいけば30秒は良くなるのではないか』『1分20秒はいいのではないか』となってきた。それを本人には言いませんでしたが、私とすれば(2時間)21分を切れたらいいなと思うようになった。野口みずきさんが2003年の大阪国際で出した、日本人選手の国内最高記録2時間21分18秒を更新したいな、というのがあった」と言う。

30キロからの勝負に「ワクワク」

2時間20分29秒は日本歴代4位の好記録。一山にとっては「イメージ通り」のレースだった 【写真:森田直樹/アフロスポーツ】

 一山はレース後、「自分がしたいと思っていた走りが、スタートからゴールまでしっかりイメージ通りにできたかなと思います」と話した。

 ペースメーカーの設定は1キロ3分20秒、5キロラップは16分40秒で、2時間20分台後半のフィニッシュタイムが計算できるもの。レースは25キロまでは、ほぼその設定通りに流れた。一山は「30キロまではジョグ感覚と言ったら言い過ぎだけど、ゆとりをもって走れたらいいなと思ってこの大会に臨んでいました。途中はちょっと設定より速いなと思ったけど、『あっ、いいぞ、いいぞ』と思って走っていました」と自信を持っていた。

 大阪国際の松田は、25キロまでは16分30秒台の5キロラップで走り、中間点通過は1時間9分54秒、30キロ通過は1時間39分51秒だったが、そこからはペースが落ち込んでいた。これと比較して一山は、中間点が1時間10分26秒、30キロは1時間40分31秒と遅かったが、一山と永山監督は後半勝負を考えていた。一山はこう振り返る。

「毎年30キロ過ぎの給水でレースが動くと前もってアドバイスしてもらっていたので、給水は自分が取り遅れて海外の選手と差がつくよりも、自分が一番で給水を取ってそこから勝負していく方がスムーズにレースを運べると、昨日も話していました。だから29キロくらいからは、自分で行くんだという気持ちで走っていました」

持ちタイムでは格上に当たる海外勢にも臆せず、終始積極的な走りを見せた 【写真:森田直樹/アフロスポーツ】

 25キロ以降、1キロ3分20秒台後半にペースが落ちていたが、29キロからはペースメーカーを煽るように横に並んで走ると、3分14秒までペースを上げて集団をバラし、その後もハイペースを維持して独走態勢をつくった。ポイントと言われていた33キロ過ぎの急な上り坂も「2回試走したけど、私はクイーンズ駅伝(全日本実業団対抗女子駅伝)でけっこうアップダウンのあるコースを走っているので、その坂に比べたら全然やさしい坂だなと思ったし、100メートルちょっと我慢をしたら下り坂になるので、そんなに悪い印象は持っていなかった」と言う。35キロまでの5キロラップは、直前の17分1秒から一気に上げて16分14秒。この時点で、2時間20分39秒の自己記録を持つピュアリティー・リオノリポ(ケニア)と、2時間21分1秒のヘレン・トラ(エチオピア)に25秒差をつけて、勝負を決めた。

「今回はあんまり苦しい時間はなくて、30キロからが本当の勝負だと思っていたので、ここからだなという気持ちでワクワクして走っていました。きつい顔はあんまりしていなかったと思うけど、最後は早くゴールしたいという思いで走っていました」

 そこからは大阪国際の松田のタイムとの勝負になったが、35キロを松田と同じ1時間56分45秒にすると、40キロまでの5キロを16分31秒、ラスト2.195キロは7分13秒。まったく衰えない走りを最後まで通し、2時間20分29秒でゴール。東京五輪の女子マラソン代表3枠目を手にしたのだ。

 気温10度を下回って雨が降る悪コンディションさえも、「(寒雨の中行われた)去年の東京マラソンが良い経験になったので、あまりネガティブには考えませんでした。こういう時だからこそ、五輪を決められたらカッコいいなと思って走りました」と、吹き飛ばしてしまったのだ。

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著者プロフィール

1953年1月26日長野県生まれ。神奈川大学工学部卒業後、『週刊プレイボーイ』『月刊プレイボーイ』『Number』『Sportiva』ほかで活躍中の「アマチュアスポーツ」専門ライター。著書『誰よりも遠くへ―原田雅彦と男達の熱き闘い―』(集英社)『高橋尚子 金メダルへの絆』(構成/日本文芸社)『船木和喜をK点まで運んだ3つの風』(学習研究社)『眠らないウサギ―井上康生の柔道一直線!』(創美社)『末続慎吾×高野進--栄光への助走 日本人でも世界と戦える! 』(集英社)『泳げ!北島ッ 金メダルまでの軌跡』(太田出版)ほか多数。

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