新体操の“肥後もっこす”稲木李菜子 「どんな時も笑顔で」目指す東京五輪

椎名桂子
 2020年東京大会そして世界に向けて、それぞれの地元から羽ばたくアスリートを紹介する連載企画「未来に輝け! ニッポンのアスリートたち」。第53回は熊本県出身、新体操の稲木李菜子(いなき・りなこ)を紹介する。

若手組の中で最もメンバー入りに近い選手に

山崎浩子強化本部長も「技術力が高い。手具操作が正確」と稲木を評価 【赤坂直人/スポーツナビ】

 2018年にフェアリージャパン(新体操団体日本代表)入りした稲木は、現在のメンバーの中では「若手組」になり、19年の世界選手権で日本初の金メダル(種目別ボール)を獲得したときのメンバーには入っていなかった。しかし、東京五輪での金メダル獲得を目指し、近シーズンの作品の難易度を大幅に上げたことが、稲木のメンバー入りに追い風となった。

 フェアリージャパンを率いる山崎浩子強化本部長も「技術力が高い。手具操作が正確で、どのポジションに入ってもやれる」と評価する稲木は、2019年12月の福岡、2020年1月の熊本での公開練習の際に、レギュラーチームのメンバーとして練習していた。

 世界選手権でメンバーだった竹中七海と同じポジションに入り、種目によって、あるいはミスが続いたときは交代されることもあったが、フェアリージャパンの一員として、フロアで躍動し、ポジション争いに食らいついていた。

 さらに、2月に東京の清瀬市で行われた公開練習では、それまで入っていたポジションではなく、チーム最年長の松原梨恵のポジションに入っていた。前日に松原が怪我をしたため、急遽入ることになったのだ。この日は、さすがに急ごしらえのぎこちなさはあった。チームとしてもなかなか演技をまとめることができず、公開練習は予定の時間を大幅にオーバーして続けられ、観客も想像以上に過酷なフェアリージャパンの練習ぶりに、息をのんでいた。

 その後、松原の怪我が復帰まで2カ月はかかる骨折と発表され、稲木にはその穴を埋める重責が課されることになった。既にいるメンバーに追いつき、追い越してポジションを奪い取ることを求められるのとは、また違うプレッシャーがかかってくるに違いない。それでも、フェアリージャパンのメンバーとしてフロアに立つ。いま、稲木はその夢に大きく近づいている。

熊本地震を乗り越えたジュニア時代

熊本地震を乗り越え、全日本ジュニア選手権に進出 【清水綾子】

 熊本県出身の稲木は、小学生のころから全国大会でも上位に食い込むだけの力を持った選手だった。小学6年生のときには、全日本クラブチャイルド選手権で2位にもなっている。

 しかし、その2カ月後、熊本地震が起きた。中学生になったばかりの稲木の練習環境は大きく変化した。地震直後にはそれまで使っていた熊本市内の体育館が使用できなくなり、車で1時間以上かかる体育館を借りての練習を余儀なくされた。

 そんな状況でも、この年も全日本ジュニア選手権に進出。リオ五輪後に行われたトライアウトでは「ジュニア団体」のメンバーにも選出された。しかし、この頃の稲木は、とにかく自分に自信のない選手だった。

「器用な選手」と言われることが多いが、その器用さは決して生来のものではないと、ジュニア時代から稲木を指導してきた平崎寛子氏は言う。「とにかく真面目で人一倍練習する子でした。その積み重ねの結果だと思います」

 小学生の頃から、傍目には十分できている技でも、自分が納得いくまで何回でも繰り返してやり続ける、粘り強く練習をする選手だった。幼いうちは、不完全でも「できた!」と言い張る子どもも多い中、こだわりの強さが突出していた。

 その分、うまくいかないときに気持ちを立て直すことができず、不機嫌さが顔や態度に出てしまう。自信がないのに、演技で笑顔を作ることもできない。高い技術とは裏腹に、そんな不器用さをもった、まさに「肥後もっこす」(=頑固で妥協しない)を地でいく選手だったのだ。
 
 そんな稲木にとって、2017年、18年と連続して出場したアジアジュニア新体操選手権が大きな転機となった。ジュニア日本代表団体のメンバーとして国際大会に出場し、そこでは笑顔で演技をすることができた。しかも2年連続で金メダルを獲得したのだ。

 フェアリージャパン入りする前の最後の大会となった18年9月のかささぎ杯(全日本ジュニア九州地区予選)では、観客を魅了する圧巻の演技を満面の笑顔でやり切った。そこには、あの自信のない稲木はいなかった。

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著者プロフィール

1961年、熊本県生まれ。駒澤大学文学部卒業。出産後、主に育児雑誌・女性誌を中心にフリーライターとして活動。1998年より新体操の魅力に引き込まれ、日本のチャイルドからトップまでを見つめ続ける。2002年には新体操応援サイトを開設、2007年には100万アクセスを記録。2004年よりスポーツナビで新体操関係のニュース、コラムを執筆。 新体操の魅力を伝えるチャンスを常に求め続けている。

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