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佐藤悠基の終わりなきマラソンへの探求心
東京五輪代表争い、その先に見据えるもの

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東京マラソンに挑む佐藤悠基
東京マラソンに挑む佐藤悠基【撮影:白石永(スリーライト)】

 2019年9月に行われたマラソングランドチャンピオンシップ(MGC)は、不本意な結果に終わった。あれから半年。己を見つめ直し、再び鍛錬の日々に戻った佐藤悠基(日清食品グループ)は、2度のレースを経て、確かな手ごたえをつかんでいる。「マラソンは終わりのない自分との戦い」と考える佐藤が、自然体で勝負の東京マラソンを迎えようとしている。

不完全燃焼に終わったMGC

悔しさを残したMGCからわずか2カ月ほどで挑んだ福岡国際マラソン。東京へ向けたステップとして、有意義なレースとなった
悔しさを残したMGCからわずか2カ月ほどで挑んだ福岡国際マラソン。東京へ向けたステップとして、有意義なレースとなった【写真:YUTAKA/アフロスポーツ】

 2019年9月15日、東京五輪マラソン日本代表を決めるMGC。スタートから設楽悠太(Honda)が飛び出して独走するなか、第2集団でレースを展開していた佐藤は、15キロ過ぎに1キロ3分を切るペースアップに対応できず、二手に分かれた集団の後方グループで推移する、苦しい展開を強いられていた。


「どこかで誰かが我慢できずに動きがあるのかなと思っていました。ただ15キロでばらけた時点では、いずれまた集団に戻るかなと思って後方にいたら、差がついてしまったんです。そのときに集団を引っ張る形になり、ちょっと余計な力を使ってしまったかなと思います」


 ゴールタイムは2時間20分13秒。出場30選手中23位に終わった。「夏前までは順調だった」というトレーニングも、海外合宿を終えた8月に2度の体調不良に見舞われ、「2、3回重要な練習ができなかったり、最後の所で苦労しました。直前で帳尻は合わせられたかなと思いましたけど、状態は7割程度。これでは戦えません。マラソンはごまかしが効かないですね」と悔しさを滲(にじ)ませた。

田中葵

1980年10月5日長野県生まれ。高校・大学は陸上部所属(長距離・競歩)。東海大学在学中よりフリーライターとして陸上競技、ウインタースポーツなど、アマチュアスポーツを中心に取材する傍ら、取材日以外は自らもサブスリーランナーとして、大手スポーツショップでランニング用品の接客を行う顔も持つ。現在は主に「月刊陸上競技」に寄稿。

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