パラ陸上・兎澤朋美を支える恩師との邂逅「日本とドイツで遠く離れていても…」

宮崎恵理

ランニングクリニック、ポポフコーチとの出会い

恩師であるポポフコーチ(写真左)とハイタッチ。兎澤はポポフコーチから毎日のようにフィードバックをもらい、日本とドイツとの「距離を感じません」と言い切る 【写真は共同】

 意を決して日本体育大の陸上競技部に所属して半年。他の学生選手たちに必死に食らいついて練習してきた中、大学の活動とは別に、義足のメーカーが主宰するランニングクリニックに参加した。兎澤と同じ大腿義足選手で、ロンドンパラリンピック100m、リオパラリンピック走り幅跳びの金メダリストであるハインリッヒ・ポポフ氏(ドイツ)が、メインコーチを務める。ここで、兎澤は改めて“義足で走る”ことの基礎を集中的に学んだ。

「義足が着地する際の角度とか、向きとか。義足で走ることを考え直すきっかけになりました。大学の練習と同じようなメニューもありましたけれど、これまで一度も考えたことがないような視点で注意すべきところを指摘される。新鮮でした」

 そのポポフ氏が19年、日本代表チームのアドバイザー(特別コーチ)に就任。日本国内の合宿だけでなくドイツでの合宿も行われ、その全てに兎澤は参加している。

「これまで、私自身、陸上競技において、義足でどこまでできて、何ができないのかという指標みたいなものが見えていませんでした。手探り状態だったんです。その状況の中、ポポフコーチが指導してくれる。義足側の脚部やお尻の筋肉を鍛える練習メニューなども考えてくれる。これまで不透明だった部分が、一気にクリアになったと感じられました」

 ポポフコーチとは、スマートフォンのコミュニケーションアプリを使って、日常的に連絡し合っている。

「指導された練習を動画で撮影して、それを送ってアドバイスをもらいます。日本とドイツで、遠く離れていても、毎日のようにフィードバックをもらえる。距離を感じません」

 兎澤は今年、100mで16秒41、走り幅跳びでは4m44というアジア記録を樹立。11月に行われた世界選手権でも、メイン種目である走り幅跳びでは4m39で銅メダルを獲得し、100mでは16秒39で自身の持つアジア記録を更新した。継続的にポポフコーチと練習状態や成果、課題を確認できることが、兎澤の躍進につながっている。

東京パラでの目標は5m!

東京パラでは5mの大ジャンプを誓う。大会本番まであと半年強だ 【写真:ロイター/アフロ】

 ポポフコーチとのコミュニケーションは、兎澤の心も支えている。世界選手権・走り幅跳び当日の朝、兎澤のスマホに、日本チームに帯同していたポポフコーチからメッセージが届いた。

「君の大好きな“ファイトソング”だよ。レース前に聞くといい」

 送られてきたのは、以前アメリカのオーディション番組に出場した女性が歌う、レイチェル・プラッテンの『Fight Song(ファイトソング)』。卵巣ガンを克服したという女性の声はどこまでも透き通っている。ドイツでの合宿中、何気ない会話の中で自分が大好きだと紹介した歌を、ポポフコーチが覚えていて送ってくれたのだった。

「初めての世界選手権で、やっぱりすごく緊張していたんです。だけど、これで緊張がほぐれました」

 夢に見ていた東京パラリンピックの舞台はまもなく。

「脚を切断すると決めてから、本当にいろんな人に支えてもらって、今があります。もう、東京パラリンピックの走り幅跳びのチケットを買ったよ、という人も。そんな人たちに、最高のパフォーマンスを見せたい。大会が終わった時に、やりきった、後悔がないと思えるように」

 世界の背中は確実に見えている。

「東京パラリンピック本番では、走り幅跳びの目標ラインは5m!」

 助走、踏切、空中姿勢、着地。レースを組み立て考えることはいっぱいある。でも、考えすぎず、体が自由に動いてベストな跳躍を実現することを目指して、今日も兎澤は練習に励む。悔いのない戦いの後に待っているはずの、栄光に向かって。

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著者プロフィール

東京生まれ。マリンスポーツ専門誌を発行する出版社で、ウインドサーフィン専門誌の編集部勤務を経て、フリーランスライターに。雑誌・書籍などの編集・執筆にたずさわる。得意分野はバレーボール(インドア、ビーチとも)、スキー(特にフリースタイル系)、フィットネス、健康関連。また、パラリンピックなどの障害者スポーツでも取材活動中。日本スポーツプレス協会会員、国際スポーツプレス協会会員。著書に『心眼で射止めた金メダル』『希望をくれた人』。

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