冒険の終わりと納得感のある悔しさ  サッカー脳で愉しむラグビーW杯(10月20日)

宇都宮徹壱

日本の「未体験ゾーン」と2002年の記憶

初のベスト8進出に意気軒昂の日本のファン。まさに「威風堂々」の姿勢で南アフリカとの一戦に臨む 【宇都宮徹壱】

 ラグビーワールドカップ(W杯)日本大会2019は22日目。9月20日に開幕してから、ジャスト1カ月である。日本代表が初のベスト8進出を果たしたことで、われわれは1カ月にわたってジャパンの冒険を愉しむこととなった。02年のサッカーW杯では、ベルギーとの初戦からラウンド16でトルコに敗れるまで、この間わずか2週間。たとえ優勝したとしても、興奮の持続は1カ月しかない。そう考えるとラグビーW杯は、実にぜいたくなレギュレーションに感じられる。

 そんな日本の準々決勝の相手は、W杯で2回の優勝経験を持つ南アフリカ。実に因縁めいた相手である。まず思い浮かぶのが前回大会の「ブライトンの奇跡」だが、古くは11年のW杯招致を争った相手であり(結局ニュージーランドで開催)、直近では大会前の最後のテストマッチで敗れた相手でもある。くしくも今回の南アフリカ戦は、元日本代表監督の故・平尾誠二氏の命日ということで、そのことに言及するメディアも多い。だが「サッカー脳」の私は、まったく違った角度からこの試合に臨もうとしている。

 今さら言うまでもなく、日本にとってトーナメントの戦いは、まさに「未体験ゾーン」である。ティア1(伝統国)2チームに勝利してのベスト8なのだから、もちろん戦っている当人たちは「さらに上へ!」という思いでいっぱいのはず。それは応援する側も同様で、特に私のように今大会からラグビーを見ている人間は「負ける気がしない」というのが率直な気持ちだろう。そんな中でふと思い出すのが、やはり02年の記憶。雨の宮城スタジアムで行われた、トルコとのラウンド16である。

 あの時の日本代表も、誰もが「さらに上へ!」という気概に満ちていたはずだし、大半のファンやサポーターもトルコ相手に「負ける気がしない」と確信していたと思う。しかし一方で、本大会初勝利や初のグループリーグ突破など、初めて尽くしの状況に浮足立っていたのも事実。加えて開催国のノルマとされていた「決勝トーナメント進出」も達成し、当日のスタジアムには緩んだ空気が蔓延していたことを思い出す。結果、どうなったか? それについては、すでに記憶にない方もいるだろうから、後ほど触れることにしよう。

常識的に考えれば南アフリカが優位だが……

4年前の「ブライトンの奇跡」のリベンジに燃える南アフリカ。ファンもまたラグビー選手のような体格だ 【宇都宮徹壱】

 キックオフ2時間半前、試合会場の東京スタジアムに到着。道すがらアイルランドのファンの姿を見かけるのは、彼らが予選プールの1位突破を信じて疑わなかったことの証左であろう。われわれとて、まさか1位通過でここまでたどり着けるとは、大会前には夢にも思わなかった。記者席に到着すると、シャキーラの『WAKA WAKA』が流れてきた。10年のサッカーW杯、南アフリカ大会のテーマソングだ。ビビッドな色彩で埋め尽くされた風景と、騒がしいブブゼラの音。9年前の記憶が鮮やかに蘇る。

 サッカーとラグビー、両方のW杯を開催しているのは4カ国しかない。すなわち、イングランド、南アフリカ、フランス、そして日本。このうち南アフリカだけが、ラグビー→サッカーの順でW杯を開催している。現地を取材して実感したのは、かの国ではサッカーよりもラグビーが盛んであること、そして「ラグビーは白人でサッカーは黒人」と明確に分かれていることであった。もっとも今大会の南アフリカは、同国初の黒人キャプテン、シヤ・コリシがチームを統率。悪名高きアパルトヘイト(人種隔離政策)のため、ラグビーW杯に出場できなかった時代は、すでに歴史の彼方に移行しつつある。

 この日、大分で行われたウェールズとフランスによる準々決勝は、ウェールズが劇的な逆転勝利を収めて、20−19という僅差で勝利。これで、前日に勝利したイングランドとニュージーランドに続いて、ベスト4の3枠が埋まった。実力と実績を考えれば、残り1枠は“スプリングボクス”(南アフリカ代表の愛称)が順当であろう。しかし19日更新の世界ランキングでは、南アフリカが5位で日本は6位。うんと手を伸ばせば届きそうな距離感だ。そんな根拠のない自信を胸に秘めつつ、19時15分にキックオフを迎える。

 スコアが動いたのは、開始4分。最初のスクラムで南アフリカが圧倒し、マカゾレ・マピンピが左サイドを突破してトライを決める。ただしコンバージョンには失敗。さらに前半10分には、テンダイ・ムタワリラがイエローカードで10分間ピッチを離れる。プロップを1人失った相手に対し、日本はスクラムからペナルティーを得て、田村優が20分にゴール。40分のホーンが鳴った2分後、南アフリカが2つ目のトライを決めたかと思われたが、「ダブルモーション」という反則で無効となる。前半は3−5で終了した。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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