ご近所でのティア1対決と非日常の光景 サッカー脳で愉しむラグビーW杯(9月29日)

宇都宮徹壱

対戦成績で優位に立つオーストラリア

スタジアムに向かうオーストラリアとウェールズのサポーター。ここだけ切り取ると日本には見えない 【宇都宮徹壱】

 ラグビーワールドカップ(W杯)日本大会2019は9日目。前日に日本代表がアイルランド代表を19−12で破った試合の余韻が残る中、この日は近所の東京スタジアムに向かった。9日前の開幕戦では京王線を利用したが、今回はJRの武蔵境駅からシャトルバスに乗車。Jリーグ・FC東京のホームゲームではおなじみのコースだが、今年の4月から「運転手を確保できない」との理由で廃止されていた。それが今回のW杯限定で、シャトルバスが復活したのはうれしい限り。行列と移動で20分ずつ、およそ40分で目的地に到着する。

 この日の取材カードは、オーストラリア対ウェールズ。今大会で初めて観戦する、ティア1(伝統国)同士の一戦である。ラグビーW杯は20チームが出場し、半数を占めるティア1が4つのグループに分かれる。つまり、どのグループにも2チーム以上のティア1が組み込まれ、最低でも2チームの伝統国が予選プール敗退の憂き目に遭うこととなる。サッカーのW杯の場合、グループの2強が仲良くトーナメントに進出するのはよくある話だが、ラグビーW杯では必ずしもそうはならない。必然的に、ティア1対決はガチンコとなる。

 ここまで無傷のティア1は、イタリア、ニュージーランド、イングランド、フランス、そしてウェールズとオーストラリア。このゲームで、またひとつ無敗が消える。過去の対戦成績は、30勝1分け11敗でオーストラリアがリード。両チームは15年W杯でも予選プールで対戦しており、やはりオーストラリアが15−6で競り勝っている。今回のウェールズ戦は、ワラビーズ(オーストラリア代表の愛称)にとってW杯50試合目。この記念すべき試合を、ぜひとも勝利で飾りたいところだろう。

 一方、「レッドドラゴンズ」の愛称で知られるウェールズ。サッカーの世界では、マーク・ヒューズやライアン・ギグス、最近ではガレス・ベイルといったタレントを生み出しながら、W杯出場は1回にとどまっている。ラグビーのW杯では、1987年の第1回大会で3位に輝くも、予選プール敗退は英国4協会では最多となる3回。今大会では、決勝トーナメント進出はもちろん、2大会ぶりのベスト4進出を狙いたいところだろう。その最初の関門となるのが、相性の悪いオーストラリアとの直接対決である。

キックを多用するウェールズとパワーのオーストラリア

近所の駅からシャトルバスに乗って東京スタジアムへ。およそ1時間で祭典の会場に到着することができた 【宇都宮徹壱】

 プールD注目の一戦は、効果的にキックを使うウェールズが優位に試合を進めた。開始37秒、いきなりドロップゴールを成功させて3点をゲット(これはW杯史上最速だそうだ)。さらに12分には、右サイドへのキックからトライを決め、直後のゴールと合わせて10−0とする。対するオーストラリアも、前半20分に最初のトライ。さらに28分にはペナルティーゴールを決めるが、それでもウェールズの優位は動かない。37分にはガレス・デービスが独走してトライ。コンバージョンを決めたリース・パッチェルは、ペナルティーゴールも2本成功させて、ウェールズが23−8で試合を折り返した。

 それにしても、ここまで5試合を見ていて感じるのが、最近のラグビーはキックを使ったプレーが多いことだ。何となく視界に入っていた、80年代の攻撃のイメージは、やはりランとパス。キックについては、コンバージョンやペナルティーなどに限られていたように記憶する。ところが最近のラグビーは、スピードやパワーだけでは相手の包囲網を突破できない。ゆえに前方にキックすることで、アンストラクチャー(相手の陣形が整っていない状態)を作って打開を図る。この試合のウェールズが、まさにそうだった。

 後半早々、ドロップゴールでウェールズがリードを広げる。しかしここからワラビーズが底力を発揮。後半5分にはトライとコンバージョンを決めて、ようやくスコアを2桁とする。そして21分にもトライとゴール、さらに5分後にはペナルティーゴールで得点を重ね、25−26と1点差にまで詰め寄った。オーストラリアのトライは、いずれも相手陣内でのモールから生まれたもの。重量とパワーを前面に押し出してくる相手に対し、ウェールズのよりどころとなったのはやはりキック。戦局挽回のパントキック、さらに後半31分にペナルティーゴールが決まり、ウェールズが4点差で逃げ切りに成功した。

 ファイナルスコアは25−29。ウェールズがW杯でオーストラリアに勝利するのは、32年前の第1回大会以来となる。当然、敗れたオーストラリアは面白くなかろう。試合後の会見でマイケル・チェイカHCは「非常に理解に苦しむ。ルールのことが分からなくなった」として、レフェリーへの不満を口にしていた。「ラグビーはサッカーと違ってレフェリーに異議を言わない」とされる。しかし実際には、重いペナルティーが課せられるため、「言わない」のではなく「言えない」というのが正しいようだ。プレーヤーとレフェリーとの葛藤は、実はサッカーもラグビーも変わりはないのかもしれない。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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