奇跡でなく「必然」に感じた日本の強さ サッカー脳で愉しむラグビーW杯(9月28日)

宇都宮徹壱

ティア1とティア2との「格の違い」について

掛川駅前で展示された両チームのジャージ。今年1月の時点でランキング11位の日本は、試合終了後に8位へ上昇 【宇都宮徹壱】

 ラグビーワールドカップ(W杯)日本大会2019は8日目。先週金曜日から開幕した大会は、第1週目での入場者数が延べ42万人、1試合平均で3万5520人を記録したことが報じられた。東京スタジアムでの日本対ロシアの開幕戦は、4万5745人の大観衆となったが、日本戦以外の試合でも軒並みスタンドが埋まっている様子。アジア初開催のラグビーW杯だが、スタートでの盛り上がりは上々と言えよう。そしてこの日、日本は小笠山総合運動公園エコパスタジアムにて、プールA最強のアイルランドを迎える。

 2日前の26日、ラグビーのワールドランキングが更新された。1位だったアイルランドはニュージーランドにトップの座を明け渡して2位となり、日本は10位から9位に浮上した。ランキングが1桁台になったものの、日本はティア1(伝統国)ではなく、ティア2(中堅国)のまま。ここがサッカーとラグビーの大きな違いで、ラグビーでは、ランキングよりも「格」が重んじられる。

 あらためてティア1の顔ぶれを確認しよう。イングランド、スコットランド、ウェールズ、アイルランド、フランス、ニュージーランド、オーストラリア、南アフリカ(ここまでがIRB=国際ラグビーボード創立メンバー)、そしてアルゼンチンとイタリア。このうちW杯優勝国が、ニュージランド、南アフリカ、オーストラリア、イングランドで、ベスト4以上を経験しているのがフランス(準優勝)、アルゼンチン、ウェールズ(いずれも3位)、スコットランド(4位)。アイルランドはベスト8が最高で、イタリアはトーナメント進出経験がない。それでも、日本とイタリアが入れ替わるのは容易ではなさそうだ。

 ところで今大会、ラグビー通の友人たちの間では、アイルランドの前評判がすこぶるいい。これまではベスト8止まりながら「優勝候補」に挙げる声もあるくらいだ。理由は、ここ数年の好調ぶり。16年と18年にニュージーランドとのテストマッチで勝利し、18年の欧州6か国対抗戦「シックス・ネーションズ」でも全勝優勝を果たしている。ちなみに日本とは、2年前に来日した際にテストマッチ2試合を戦っており、50−22、35−13で勝利。日本にとっては、ティア1とティア2との「格の違い」を見せつけられる結果に終わった。

それぞれのナショナルチームのあり方

スタジアムに向かう途中で出会ったアイルランド人の親子。周辺はグリーンのジャージで溢れかえっていた 【宇都宮徹壱】

 サッカーファンには「エコパ」でお馴染みのピッチに、赤白ボーダーの日本代表が登場。ロシアとの初戦は8日前なので、ずいぶん昔のことのように感じられる。実際、今大会の日本の予選プールでの戦いは、中7日、中6日、そして中7日。サッカーのW杯は中3〜4日であることを考えると、かなり余裕がある。もちろん組み合わせによって、中3日で2戦目を戦うチームもあるが、ホスト国の日本はかなり優遇されていると言えよう。ちなみにアイルランドは、スコットランド戦から中5日だ。

 そのアイルランド、単に「プール最強」というだけでなく、存在自体がサッカーファンの好奇心をいたくくすぐる。サッカーの世界では、英領の北アイルランドとアイルランド共和国は、それぞれ異なるナショナルチームを持っている。しかしラグビーの世界では、アイルランドはひとつ。試合ではアイルランドと北アイルランドの両国旗を掲揚し、ナショナルアンセムもアイルランド国歌の『兵士の歌』ではなく、ラグビー協会独自の『アイルランズ・コール』が歌われる。

 国境や宗教(カトリックとプロテスタント)を超越して、同じ民族として団結するアイルランド。それに対して、さまざまなルーツを持つ選手たちが、同じ色のジャージを着て結束する日本。代表チームのあり方が真逆の両者による対戦は、16時15分にキックオフを迎えた。アイルランドはバックス4人を入れ替え、SO(スタンドオフ)のジョニー・セクストンはベンチにも入っていない。一方の日本は、初戦からフォワード4人とバックス2人が交代。キャプテンのリーチ・マイケルはベンチスタートとなった。

 前半の日本は、相手フォワードとのコンタクトでは負けていなかった。しかしキックによる揺さぶりに対応しきれず、13分に左サイドを割られてアイルランドに最初のトライを許してしまう(コンバージョンは失敗)。日本は17分に田村優がペナルティーゴールを決めて2点差とするも、アイルランドは4分後にTMOからトライが認められ、コンバージョンも成功。それでも日本が怯むことはなかった。前半はトライこそなかったものの、さらに2つのペナルティーゴールを田村が決めて、9−12でハーフタイムを迎える。

2年4カ月かけて準備した日本

会見場のモニターに映し出された試合後の様子。アイルランド戦の勝利が信じられないという表情もちらほら 【宇都宮徹壱】

 ラグビーの試合を見始めて4試合目ということもあり、正直なところ日本とアイルランドとの力の差がどれだけあるのか、よく分からなくなってきた。大会公式サイトのスタッツによれば、前半の支配率は58対42、テリトリーでは54対46、いずれも日本がリードしている。特にリーチが前半31分に入ってからは、明らかに流れはこちらに傾いた。後半も互角の展開が続く中、19分には途中出場の福岡堅樹が劇的なトライを決め、ついに日本が逆転に成功。田村のゴールを加えて、スコアを16−12とする。

 後半のアイルランドは1トライも決められず、残り時間が10分となっても日本のリードは続いた。隣の席のアイルランド人記者は髪をかきむしり、4万7813人で埋まったスタンドは「もしかしたら」という期待感で充満し始める。そして後半32分、またしても田村がペナルティーゴール。そして40分のホーンが鳴り、アイルランドは7点差以内のボーナスポイントを得るべく、ボールを外に出して試合終了となる。19−12でアイルランドを下した日本が、勝ち点を9に積み上げて堂々のプール首位に立った。

「これってサッカーで言えば、日本がドイツに勝ったようなものだろうか」──。それが、試合直後の率直な感想であった。しかし、どうも実感が湧かない。日本はアイルランドに過去7回対戦し、一度も勝利したことはない。その意味では「番狂わせ」だったかもしれないが、「奇跡」と呼ぶのは両チームに失礼なような気がする。「歴史」を体感していない私から見れば、少なくともこの試合では日本のほうが普通に強く感じられたからだ。

 帰り道は「祝福の留守電をたくさんもらいました(笑)」というベテラン記者、松瀬学さんの車に乗せていただき、今日の試合についての答え合わせをさせていただく。意見の一致を見たのは、ジェイミー・ジョセフHCが「アイルランドに勝利すること」を目指して、今大会に臨んだということだ。会見でも指揮官は「われわれはこの試合に、かなり準備の時間を費やしてきた」と語っている。どうもプールの組み合わせが決まった17年5月10日から、ずっとこのアイルランド戦に照準を合わせてきたらしい。

 サッカーのW杯の場合、組み合わせ抽選会から本番までは半年しかない。それに対してラグビーのW杯の場合、2年と4カ月もの時間があったことになる。それだけ準備期間があれば、逆に迷いや誤算が生じるリスクもあったはずだ。しかしジョセフHCも選手たちも、まったくブレることなくこの日を迎え、そして完璧に近い形でアイルランドに勝利した。この日の国民的歓喜は、やはり奇跡ではなく「必然」であったと確信している。
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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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