鈴木雄介「全ての距離で世界記録を」
競歩界初の金を勝ち取った先に目指す夢
日本競歩史上初の金メダルを獲得した鈴木雄介。快挙から一夜明け、思うこととは
日本競歩史上初の金メダルを獲得した鈴木雄介。快挙から一夜明け、思うこととは【写真:YUTAKA/アフロスポーツ】

 現地時間28日に行われた陸上の世界選手権(カタール・ドーハ)男子50キロ競歩で、鈴木雄介(富士通)が優勝を勝ち取った。スタート時の気温は31度、湿度73%。高温多湿の過酷な条件下でも「世界一美しい歩き」と称される歩型を崩さず、4時間4分20秒で歩き切った。五輪・世界選手権を通じ、競歩としては初の金メダルを獲得。終盤に「脱水症状を起こしかけた」と言いながらも、最後まで歩き切れた理由は何だったのか。50キロでは内定を得た東京五輪や、その先にある夢まで、一夜明けた29日にたっぷりと語ってくれた。

勝因となった「止まる勇気」

高温多湿の厳しい環境下でのレースとなったが、鈴木は止まって給水するなど対策を試みた
高温多湿の厳しい環境下でのレースとなったが、鈴木は止まって給水するなど対策を試みた【写真は共同】

――昨日は本当におめでとうございました! 先ほど「内臓が痛い」とおっしゃっていましたが、やはりレースのダメージは大きかったのでしょうか?


 かなり大きかったですね。ペースは普段のレースに比べると相当遅かったのですが、普段の何倍もダメージがきています。足ももちろんですし、内臓も疲労して、(終盤)少しの間、脱水のような症状があって、終わった後はずっと足がつっていました。おそらく、それは脱水によるミネラル不足からくる症状だったのだと思います。


――レース後はアイスバスに入って、その中で全身がつってしまったとお聞きしました。それだけ過酷なレースだったということですね。


 まだ(50キロは)2回目ではあるんですが、4月に戦った石川・輪島での日本選手権の後は、ケロッとしていました。足も全然大丈夫でしたし、翌日には結構なペースでジョギングできるくらいには元気でした。でも今は「明日(30日)は練習できるかな」というくらい。でも、自分のポリシーとして、休むと体は固まってしまうので、(30日早朝の)フライト前には練習したいと思っています。メダルセレモニー以外ではもう外には出たくないので(笑)、室内で散歩程度に体を動かそうと考えていますね。


――あらためて、過酷な状況下でのレースで勝ち抜けたのは、何が要因だったとご自身で分析していますか?


 年間を通して、自分のコントロールをうまくできたことが勝因だと思っています。それが暑さの対応にもうまく表れましたし、ペースや自分の感覚への対応など、全てにおいてコントロールが上手くなったのが今季の好調の要因です。


――終盤は給水の際にいったん足を止めて、しっかりと水分が体に入るように工夫されていました。そこに関しても、事前の計算通りだったのでしょうか?


 計算通りまではいかないですね。もちろん、止まらずに行きたかったんですが、内臓が疲労していたので、なかなか給水が飲みたくても飲めない状況になった。ラスト10キロは、多分ずっと脱水状態だったんですね。それでも飲まなければ仕方がないので、どうしようかと考えた時に「一回止まって飲んでみよう」と考えて試してみたら、意外と飲みやすいということに気づきました。なので、ゴールするためにまずは「水を飲む」ということを第一にして、それに加えて水をかぶったり、氷を持つことで熱を体の外から下げるように心がけていました。

 ただ、「本当にやばくなったら一回止まってもいいよね」という話を今村(文男)コーチとは事前にしていたので、それもあって勇気を持って止まることができましたね。それが、結果的に最後まで歩き切れた要因となりました。


――昨日、レースが終わった後に「怖かった」とおっしゃっていたのがすごく印象的でした。その恐怖心とは、どういった形で襲ってきたのでしょうか?


 まず、この暑さを経験して、普段のペースとは全く違うものだということが分かりました。普通に歩いているくらいでもかなり心拍数が上がります。その中で、レース全体を通して「読めない」ということが一番の恐怖でしたね。自分もこの暑い環境というのは初めての経験だったので、どれだけの余力を持って前半を歩けば後半までもつのか、何も確信がない状況だった。その状態で歩き切れるのかというのが、相当な不安になっていましたね。「金メダルを取れるか、銅メダルを取れるか」ということよりも、「完歩できるかな」という怖さでした。ただ、その恐怖心を持てたことでうまくいったのかなと思います。自分のペースで周りを気にすることなくいけたというのも、そうした心理の中で自分をコントロールできたのかなと。

「勝ちたい」気持ちを強くした、テグの記憶

「一番を取りたい」との思いは、2011年世界陸上テグ大会がきっかけだったという
「一番を取りたい」との思いは、2011年世界陸上テグ大会がきっかけだったという【写真:ロイター/アフロ】

――東京五輪では、20キロでの挑戦も検討しているとおっしゃっていました。これからも、20キロと50キロの両方を極める、続けていきたいという思いがあるのでしょうか。


 理想は、全ての距離で世界記録を出したいです。20キロではそれができたので、あとは五輪の正式種目だと50キロ。あとは5000メートルや1万メートルも出したいと考えていて、いったんは50キロの世界記録に集中しつつも、20キロでも選考レースで勝って五輪代表になれるくらいの実力はつけていたいと思います。自分の中では、20キロと50キロを分けていないんですよね。「速ければどっちも速く歩けるでしょ」という考えなので。50キロだからこの練習、20キロだからこの練習という分け方はしていません。


――「全ての記録を更新したい」という気持ちは、どういうところから湧き上がってくるのでしょうか。


 目立ちたがり屋なのが一番だと思います(笑)。目立ちたい、誰かに勝ちたいという気持ちは強いです。一番記憶に残っているのは、(2011年の世界選手権)テグ大会で20キロの4位に入賞したのですが、アワードでの扱いが言い方は良くないけど下の方でした(笑)。自分の中ではすごく頑張って、20キロでは入賞が難しいと言われた中ジャイアントキリングを起こした会心のレースをしたのに、あまり取り扱ってもらえなくて。あの時ハンマー投げの室伏広治さんが金メダルを取られて、「室伏さんにも勝てるような選手になりたい」と思ったのが根底にあります。室伏さんといえば、私たちにはいくら頑張っても超えられない存在ですが、それでも勝ちたいと思えるメンタルがあります。とにかく世界で一番になりたいんです。だから、言い過ぎですけど(ウサイン・)ボルトにも勝ちたい思いも持って競技を続けていますね。


――根底に「世界で一番になりたい」という強い思いがあるんですね。


 競歩はなかなか陽の目が当たらない競技ですが、その中でも(世界の)一番を取りたいと考えています。

スポーツナビ

スポーツナビ編集部による執筆・編集・構成の記事。コラムやインタビューなどの深い読み物や、“今知りたい”スポーツの最新情報をお届けします。

スポナビDo

イベント・大会一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント