南の楽園に完成した「夢のピッチ」 サイパンサッカーの成長支える日本人たち

上野直彦

サイパンサッカー成長の陰に日本人指導者の存在

サイパンのサッカーの成長の陰に日本人指導者の継続的な取り組みがあった。右から2番目が関口氏、右端は後任の三田監督 【NMIFA】

 さかのぼること10年3月、日本サッカー協会(JFA)は公認指導者の海外派遣として、関口潔氏(現・湘南ベルマーレテクニカルダイレクター)を北マリアナ代表監督兼技術委員長として赴任させた。関口氏は就任当初のことをこう振り返る。

「男子も女子も各年代全部の監督をやりました。代表監督として、初めてメンバーを集めた時は、40歳半ばの選手も2人いて、1人は初心者でした。世界で唯一、立候補をすれば入れるような代表チームでスタートしました」

 サッカーをやっている人が数えるほどしかいない現状に、関口氏はまず、競技者を増やすことから手をつけた。小学校に行って巡回指導をやり、クラブで指導をしているお父さんコーチやお母さんコーチを集めてコーチングの指導会も開いた。草の根的に考えられるベーシックな部分はすべてに手をつけた。

 サイパン代表の練習環境も整っていなかったという。サッカーのグラウンドがないだけでなく、島で唯一存在する、真ん中が芝になっている陸上トラックがメーンの練習場を使い、あとは小中学校のグラウンドでプレーをしているという現状だった。A代表がである。
 関口氏は10年から約2年間指導にあたり、再び14年7月〜17年1月にも派遣された。

「最初の国際試合では、北朝鮮U−15に0−23で負けたんです。キックオフのたびに点を取られるという試合で、(選手たちは)試合中、ほぼボールに触れられませんでした。それが、2回目に赴任してアジアの大会に行った時には勝つことはできなかったですが、北朝鮮に0−5、韓国にも0−10だったかな。アジアのトップレベルの国とも点差がだいぶ縮まっていたんです」

 少しずつではあるが、サイパンのサッカーは成長を遂げている。その陰に日本人指導者の地味ながらも継続的な取り組みがあったからだ。この事実は新しいグラウンド完成ともにもっと評価されてもいいだろう。

未来の夢へのバトンをつなぐ

北マリアナ初の人工芝サッカーフィールドを手掛けた株式会社イミオの倉林啓士郎代表取締役(中央)。左端は三田監督、左から2番目がタン会長 【提供:倉林啓士郎】

 17年2月からは、前任の関口氏から引き継いだ三田智輝氏が北マリアナ諸島代表監督兼技術委員長として派遣された。三田監督の最初の印象はどのようなものだったのか。
「練習場は中学校のグラウンドで、雑草みたいなところでボコボコでした。ラインも引いていない。グラウンドで着替えると、大量の赤アリにかまれましたね」

 赴任当初から悪戦苦闘の日々だったが、最大の課題が環境面だったのは明らかだった。

「サッカー協会は、勝つとか負けるとかではなく、コミュニティーの広がりや健康など、サッカーを通じて、島の人々を幸せにしたいというのがあって、グラスルーツ(誰もがいつでもどこでもサッカーを身近に心から楽しめる環境を提供し、その質の向上に務める草の根運動)とユース年代の育成にすごく力を入れてきました。関口さんもサッカーの楽しさを広めてきて、だんだんサッカー人口が増えてきて、今では人口5万5000人ほどの中で、2000人くらいに増えました。特に、初の人工芝グラウンドができたことは、島の人たちにとってビッグニュースになりましたね」(三田監督)

 実際、サイパン初の人工芝サッカーフィールド「NMI Soccer Training Center」の完成は、インパクトのある出来事だった。北マリアナ諸島サッカー協会から依頼を受けた株式会社イミオの倉林啓士郎代表取締役は「北マリアナに質の高いピッチを」と、スタジアム公式標準に即した北マリアナ初の人工芝サッカーフィールドを完成させた。倉林氏はこう語る。

「幼少期に河原や中高の土の校庭でサッカーをやってきて、大人になり天然芝や整備された人工芝グラウンドでのサッカー環境の違いを痛感しました。やはり多くのプレーヤーに良い芝環境でプレーしてもらいたい。NMIFAの人工芝は立体的なパイルが特徴で起毛率や耐久性が高く、天然芝にも劣らない芝となっています。また南国ですので充填チップも気温上昇を防ぐcool-fillを採用しており、島の子供たちやトップ選手たちに高パフォーマンスなプレー環境を提供しています」

「国際試合でとにかく1勝したい!」

 18年11月、三田監督のもとU−18ナショナルチームが立ち上がり活動を開始した。練習グラウンドができても、なかなか国際試合や海外遠征には行けない予算的な問題も抱えている。

「国際試合で1勝したい。努力して勝利を獲得して、選手たちの将来にいい影響を与えたいんです。サッカーを好きになって、高いレベルでサッカーを続けて、その選手が島に帰ってくる。そんな普及をしたいです、本当に」と、未来のビジョンを語る三田監督の視線はいつも遠くを見つめていた。
 指揮官がいつも選手たちに言っていることがある。「チームでやれば、絶対にチャンスがある」ということだ。監督は常にチームのために何ができるかを懸命に構築しようとしており、チームモデルは日本代表のようなパスサッカーである。

 彼の夢は、アジアで優勝するチームの監督になること。日本人監督で勝負できるんだ、ということを実現したいと真剣に考えている。北マリアナ諸島代表は現在、東アジアサッカー連盟(EAFF)に加盟し、アジアサッカー連盟(AFC)は準加盟となっている。そして、AFCとFIFA(国際サッカー連盟)の正会員になる基準をすべて満たせるよう現在取り組んでいる。世界レベルに到達するにはまだまだとはいえ、短い歴史の中で多くの発展を遂げてきたサイパンサッカー。一歩、一歩ではあるが、アジア、そして、ワールドカップへと夢はどんどん広がっている。

 今回の取材を進めている最中、いいニュースが飛び込んできた。成田−サイパン間の直行便の復活だ。かつてはJAL(日本航空)も成田・関西の両空港からサイパンへの直行便を運航していたが、05年10月をもって運休。その後唯一、直行便を運航していたデルタ航空も18年5月6日をもって運休していた。今年3月22日、スカイマークが成田−サイパンのチャーター便の運航を開始し、今夏には1日1便の定期運航を始める計画となっている。

 島の人たちの大きな夢がつまったサイパン初の人工芝の現在を、ぜひ一度現地に見に行かれてみてはいかがだろうか。

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著者プロフィール

兵庫県生まれ。スポーツライター。女子サッカーの長期取材を続けている。またJリーグの育成年代の取材を行っている。『Number』『ZONE』『VOICE』などで執筆。イベントやテレビ・ラジオ番組にも出演。 現在週刊ビッグコミックスピリッツで好評連載中の初のJクラブユースを描く漫画『アオアシ』では取材・原案協力。NPO団体にて女子W杯日本招致活動に務めている。Twitterアカウントは @Nao_Ueno

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