ブラジル戦の大逆転劇がW杯をより難しくする? 日本代表が向き合う歴史的勝利のインパクトとは

舩木渉

前半に2失点を喫しながら、後半に3点を奪って大逆転。日本は史上初めてブラジルに勝利を収めた 【Photo by Hiroki Watanabe/Getty Images】

歴史的勝利の引き金となったハーフタイム

 試合開始直前の円陣で、キャプテンマークを巻いた南野拓実はチームメイトたちに語りかけた。

「ただの親善試合ではなく、歴史を変える試合にしよう」

 10月14日に行われたキリンチャレンジカップ2025のブラジル代表戦。ホームの大声援を背に受けた日本代表は前半の2点差をひっくり返し、3-2で逆転勝利を飾った。

 通算14度目の対戦にして、初めてサムライブルーが王国ブラジルに土をつけた。ブラジルにとっても2-0でハーフタイムに突入しながらの逆転負けは歴史上初めてのことだという。

 現体制になった今年6月以降、ブラジルは5試合で1失点しか喫していなかった。つまり日本はカルロ・アンチェロッティ率いるセレソンから初めて複数得点したチームでもある。

 さらに言えば、21世紀に入ってからブラジルから3点以上奪ったチームはドイツ(14年W杯準決勝)、オランダ(14年W杯3位決定戦)、そしてアルゼンチン(25年3月W杯南米予選)の3つしかなかった。

 さまざまな意味で「歴史を変え」た試合のニュースは瞬く間に世界中を駆け巡った。

 北中米W杯欧州予選でフェロー諸島がチェコなど格上を次々に破って大躍進していることも、人口50万人の小国カーボヴェルデがアフリカ予選を突破して初のW杯出場を決めたこともすっかり霞んでしまったのではないか。親善試合とはいえ、アジアの国がW杯で5度の優勝を経験しているブラジルに勝つというのはサッカー界にとって特大の驚きだったはずだ。

 前半はミドルゾーンでブロックを組んで相手の勢いを受け止めるという、やや慎重な姿勢で臨んだ日本は、一瞬の隙を突かれて2失点を喫した。この極めて困難な状況から逆転するにあたって決め手となったのは、ハーフタイムでの修正だった。前半を終えてロッカールームに戻った時に「誰ひとり下を向いていなかった」と選手たちは口をそろえる。

 森保一監督の「このゲームは死んでいないよ」という言葉も、全員の心に響いた。自然と議論も活発になった。堂安律は明かす。

「森保さんが外から見ている感覚でどう感じているかを話し、選手に意見も聞いてきました。それをすり合わせながら決断をチーム内で話し合えた。やっぱり思ったことは言った方がいい。ボソボソと不満を漏らすよりも、チーム内で意見し合おうと。ネガティブになりがちなチームって、あんまり意見を表に出さずに言いがちなので、言い合おうと思いました」

 話し合いの末に導き出した解決策はシンプルだった。リスクを承知でチームの重心を上げる。ウイングバックを前に出すマンツーマン気味の守備で前線からのプレス強度を上げ、ディフェンスラインは世界的なタレントが並ぶブラジルの攻撃陣に同数の選手で対応。ボールを奪ったら簡単に蹴り出すのではなく、しっかりと保持しながら、状況に応じて1トップや高い位置の両ウイングバックを狙ったロングボールで、できるだけ敵陣内に起点を作っていく。

 逆転につながった後半について「後ろは同数で、マンツーマンでということを恐れずに、スペースはあるけど(パスを)出させないという守備ができていた」と振り返った谷口彰悟も、活発な議論が交わされたロッカールームでの修正に手応えを口にした。

「ボールを持たれていましたけど、自分たちもボールを持てるという自信もけっこうあったし、ハーフタイムはかなりポジティブな声かけがあって、『いけるぞ』とみんなで話せていた。結果的にハーフタイムを0-2で迎えましたけど、死んでいなかったというか、『僕らはいける』という思いでハーフタイムに修正できました」

「戦術:カタール」はもう通用しない?

ブラジル戦を終えた選手たちは強豪を次々に破ったカタールW杯での「戦術」を思い起こした 【Photo by Eric Verhoeven/Soccrates/Getty Images】

 日本は敵陣ゴール前で相手センターバックのミスパスを引っ掛け、52分に南野が反撃の狼煙(のろし)となる1点を奪う。62分には途中出場した伊東純也からのクロスに中村敬斗が合わせて同点に。ここまでの流れで前半にはほとんど見られなかったGKまで追いかけるようなハイプレスや、サイドからサイドへ大きく展開して相手を広げるような、本来得意としているプレーをいくつも見せられるようになっていた。

 試合の趨勢(すうせい)が変わりつつあることは、スタッツにも表れていた。前半の日本のボール支配率は33.4%で、30分以降に至っては27.3%だったが、後半開始から60分までのボール支配率は50.7%とブラジルを上回るように。71分の逆転弾につながるコーナーキックを獲得した60分から75分の時間帯のボール支配率は63.0%まで上がり、主導権は完全に日本に渡っていた。

 勝利した後に「カタールW杯を思い出した」と話す選手が多くいたことも納得の展開だ。グループステージでドイツやスペインを打ち破った試合では、ひたすら相手の攻撃を耐え抜いた末にカウンターを突き刺して勝ち点3をもぎ取ることができた。今回のブラジル戦にも似たような感触があったのは間違いない。

 堂安は「冗談なのであんまりタイトルで書かれると困るんですけど……」と前置きしながら、「『戦術:カタール』がハマった」と、過去の経験が今回の歴史的な勝利につながったことを実感しているようだった。

 ただ、この「戦術:カタール」も次第に通用しなくなっていくかもしれない。カタールW杯以降、「日本代表はドイツやスペインに勝ったチームで…」というリスペクトの言葉を対戦相手の監督や選手たちから幾度となく聞いてきた。今度は3カ国目が加わって「ドイツやスペイン、ブラジルにも勝ったチーム」になる。そうなれば今後の対戦相手からのマークはより厳しくなり、徹底的な分析によって丸裸にされた状態で試合に臨まねばならなくなるはずだ。

 12月に行われる北中米W杯の組み合わせ抽選で、「日本とは同組になりたくない」と警戒もされるだろうが、同時にその警戒は事前準備の入念さにもつながっていく。

 森保監督は試合後のロッカールームで「こうやって自分たちが勝つほどすごく研究されてくるので、もっともっといろいろなところの対応や、今まで警戒されていなかったところがさらに警戒される。そして、より難しい戦いになる」と選手たちに語りかけた。

 このエピソードを打ち明けた相馬勇紀が「やっぱりもっとレベルを上げていかなければ」と気を引き締めていたように、ブラジル代表に勝ったことで満足するのではなく、残されている限られた活動期間を使って「戦術:カタール」にとどまらないW杯での勝ち筋を見いだしていかなければならない。

 もっと言えば、強豪国相手であっても先に失点せず、最低でも0-0でハーフタイムに入れるような力をつける必要がある。そのうえでメキシコやアメリカ、パラグアイといった自分たちと同等の実力を持つ国々に勝ちきれていない現実には、ブラジル戦の勝利と切り分けて向き合っていくべきだ。

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著者プロフィール

1994年生まれ、神奈川県出身。早稲田大学スポーツ科学部卒業。大学1年次から取材・執筆を開始し、現在はフリーランスとして活動する。世界20カ国以上での取材を経験し、単なるスポーツにとどまらないサッカーの力を世間に伝えるべく、Jリーグや日本代表を中心に海外のマイナーリーグまで幅広くカバーする。

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