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川崎フロンターレ・谷口彰悟の魅力を
高校時代の恩師が「顔」と語る理由

恩師が考える「15歳の決断」の重要性

大津高校時代の恩師である平岡和徳は、小学生のときから谷口彰悟は「いい顔」をしていたと語る
大津高校時代の恩師である平岡和徳は、小学生のときから谷口彰悟は「いい顔」をしていたと語る【佐野美樹】

 欠点という欠点がない。谷口彰悟に抱く印象だ。おそらく、多くの読者もうなずいていることだろう。


 端正な顔立ちに、甘いマスク。183センチの長身で、体格にも恵まれている。川崎フロンターレのセンターバックとして活躍しているようにプロサッカー選手であり、副キャプテンを務めているようにリーダーシップもある。受け答えもハキハキしていて、理路整然としている。接しているこちらまでもが、思わず笑顔になってしまう好青年だ。本当に欠点という欠点が見当たらない。


 学生時代までさかのぼれば、きっと何かが見えてくるかもしれない。これは高校時代の恩師・平岡和徳に話を聞くしかない――ところが、熊本県立大津高校サッカー部の監督である平岡(現・総監督)に谷口の魅力を聞けば、はっきりと「顔」と答える。

 ただ、平岡が「顔」と言ったのは、イケメンだからとか、格好いいといった類の理由ではない。


「彼は小学生のときから九州トレセンに選ばれていて、大津町運動公園で行われた合宿で、たまたまプレーを見たんですよね。僕は顔で選手を見るのですが、そのときに『この子が大津高校に来てくれたらいいな』と思っていたんです。ただ、僕のひとつのモットーとして、スカウトはしないというのがある。大津高校は県立なので、もともと声をかけることはできません。だから基本的には中学生の試合も見に行きませんし、親に会うこともありません。僕自身も15歳で決断して、帝京高校に行った経緯があって、それを『15歳の決断』と呼んでいるのですが、人に言われてどうこうするのではなく、自分自身が大津高校に行きたいと思うことで、子どもたちは変化していく。そういう意味でも、『15歳の決断』なくして、うちで成長することは難しいとも思っているんです。だから、谷口が自分の意志で練習参加に来てくれたときは、すごくうれしかったことを覚えていますね」


 谷口に聞けば、しっかりと「15歳の決断」をしていた。


「当時は自分自身がクラブユースに魅力を感じていなかったんですよね。もちろん、プロになりたいという漠然とした思いはありましたけど、そのために逆算して生活していたかと問われたら、そこまでではなかった。それ以上に高校サッカー選手権に出たいとか、そうした目標が強くて、熊本県内ならば選手権の常連である大津高校しかないだろうと。その一択でしたね。それに、選手権に出場していた大津高校をテレビで応援していて、憧れもありました。あの青いユニフォームを着て、自分もあの舞台に立ちたいという気持ちが強かったんです」

大津高校という“ラーメンの虜”になる

今でこそ川崎フロンターレで堂々と活躍しているが、高校入学時はサッカー部の迫力にビビッたという
今でこそ川崎フロンターレで堂々と活躍しているが、高校入学時はサッカー部の迫力にビビッたという【佐野美樹】

 だから谷口は、中学生までプレーした熊本ユナイテッドSCのチームメートとともに、大津高校の練習に参加した。そこでさらに「15歳の決断」は固まっていく。


「練習には入試前に行きました。中学生まではクラブチームでプレーしていたんですけど、当時・大津高校には120人くらいの部員がいて、その人数が一斉に動くという部活の感じに圧倒されました。そのとき、紅白戦も見て帰ったんですけど、その試合がめちゃめちゃ熱かったんです。そこにはポジションの奪い合いがあって、楽しそうだなって思ったというか。ちょっと鳥肌が立つ感覚でした」


 それを恩師である平岡に告げると、少しばかりうれしそうに答えてくれた。


「うちではスカウトをしない変わりに、練習参加をオープンにしているんです。一回、練習をしてもらえれば、うちでプレーしたいなと思うだけのトレーニングを用意している。『広告を出さずに行列のできるラーメン屋』を目指しているので。一度、うちのラーメンを食べれば、ここじゃないとダメだというような練習を用意しているんです」


 谷口もまた、その“ラーメンの虜”になった。無事に大津高校に合格した谷口は、入学前から練習に参加するようにと声をかけられた。


「練習生で行くのと、実際の部員として入部するのとでは、見える景色が全く違ったんですよね。正直、そこで一瞬、ビビりましたよね。だって、もう、空気が全然違いましたから」


 初めて谷口の素に触れた気がして、うれしくなる。谷口の言葉は止まらない。


「まず、自分のことよりも、身の回りのこととか、周りのことを考えるので精いっぱいでした。常に周りに気を遣って、足りないものを準備したり、あらかじめ考えながら動くというのが、1年生の仕事でもあったので。そういう周りのことをしながらも、Aチームに参加させてもらっていたので、本当に毎日が大変でしたね」


 聞けば大津高校は、当時で120人、今では170人近くいるという部員をAとBの2チームに分けているという。それだけの大所帯ならば、もっと細かくチーム分けができそうだが、大きく2つに分けていることについて平岡は、「選手たちのモチベーションにつながる」と説明する。これは余談になるが、「中学校やクラブチームに帰ったとき、大津高校のAチームやBチームでプレーしていると言えば、たいしたものだと言ってもらえる。そうすれば選手たちが自信をつけて、次の目標に向かって頑張るエネルギーを生み出してくれる」と、教えてくれた。

原田大輔

1977年、東京都生まれ。『ワールドサッカーグラフィック』の編集長を務めた後、2008年に独立。編集プロダクション「SCエディトリアル」を立ち上げ、書籍・雑誌の編集・執筆を行っている。ぴあ刊行の『FOOTBALL PEOPLE』シリーズやTAC出版刊行の『ワールドカップ観戦ガイド完全版』などを監修。Jリーグの取材も精力的に行っており、各クラブのオフィシャルメディアをはじめ、さまざまな媒体に記事を寄稿している。