連載:イチロー取材記 駆け抜けた19年

イチロー引退、3月10日の決断 普段と変わらない…あの日、あの場所で

丹羽政善

GMとイチロー、通訳の3人で話した日

3月10日、イチローはピオリアのクラブハウスでGMに引退する旨を伝えた 【Getty Images】

 記憶をたどると、その10日ほど前にこんな光景があった。

 3月10日(現地時間、日本時間9日)、マリナーズのキャンプ施設があるアリゾナ州ピオリアで行われたインディアンズ戦にスタメン出場したイチローは途中で交代すると、荷物をまとめてクラブハウスへ足を向けた。オープン戦ではありふれた光景である。試合に出ない選手は5回までには引き上げる。出場した選手も自分の出番が終われば、帰ってもいい。

 よって、そこまでは特に普段と変わりなかったが、イチローの後についてキャンプ施設に戻りクラブハウスの前にいると、Tシャツ、短パン姿のイチローが出てきて、通訳と一緒にどこかへ向かった。

 それがGMや社長などフロントオフィスのメンバーの部屋がある2階だと分かったのは、ちょうど2階のバルコニーから降りてきたところを他の記者が見ていたからだが、「あのイチローが、2階へ行った日か?」とディポトGMに質せば、「そうだ」と認めた。

「私とイチローと通訳の3人だけで、話をした」

 あの日、あの場所でイチローは決断を伝えた。イチロー自身の言葉が、それを裏付ける。

「(引退を決断した)タイミングはですね、キャンプ終盤ですね。日本に戻ってくる……何日前ですかねぇ」

 マリナーズが日本へ向けて出発したのは3月14日のこと。時間的にも矛盾はなかった。

最後の別れをセキュリティ担当がアシスト

 一周して三塁側に戻ってきたイチローは今度、フィールド中央へと向かった。

 このとき、イチローを追って三塁のファウルラインをまたごうとしたカメラマンらをメジャーリーグ機構のセキュリティ担当であるビクターさんが制止した。

「もし、皆がついて行ってしまったら、イチローの姿が埋もれてしまう。イチローの視界もさえぎられる」

 ビクターさんは後日、あの場面をそう振り返ったが、結果としてイチローは一人きりになった。二塁ベース付近で帽子を取ったイチローはもう一度、ぐるりと客席を見渡し、ファンに最後の別れを告げた。そのときの様子が、チームメートのスマートフォンに収められている。

 これは、ゴンザレスから提供を受けた映像である。
マリナーズのマルコ・ゴンザレスが撮影
【動画提供:マルコ・ゴンザレス】

 多くの選手も撮影していることが分かる。

 この後、イチローは隣接する東京ドームホテルの地下1階に設けられた会見場へと向かった。そして長く語り継がれるであろう伝説の会見は、こんな一言で始まっている。

「こんなにいるの? ビックリするわ」

 思わずイチローは、頬を緩めた。

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著者プロフィール

1967年、愛知県生まれ。立教大学経済学部卒業。出版社に勤務の後、95年秋に渡米。インディアナ州立大学スポーツマネージメント学部卒業。シアトルに居を構え、MLB、NBAなど現地のスポーツを精力的に取材し、コラムや記事の配信を行う。3月24日、日本経済新聞出版社より、「イチロー・フィールド」(野球を超えた人生哲学)を上梓する。

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