「アジア枠」の導入がもたらしたもの 新生Vリーグを振り返る<競技力編>

田中夕子

ビジネス化を推進し「アジア枠」を採用

競技力向上に向けて、アジア枠を採用するなど変化が見られた新生Vリーグだが…… 【写真は共同】

 開幕当初はもちろん、上位6チーム(男子)、8チーム(女子)が決勝進出を争うファイナルラウンドに突入してからも、ことあるごとに同じ言葉が飛び交った。

 Vリーグは、何が変わったのか。

 新生Vリーグと掲げ、10月26日のサントリーサンバーズvs.JTサンダーズのナイトゲームによる開幕戦を皮切りにスタートした今シーズン。ビジネス化を推進し、ホームゲームの運営を各チームに任せ、競技力向上に向けてはアジア枠を採用。男女共にトップカテゴリーのチーム数が増え、女子はレギュラーラウンドを東西に分けた。

 確かに変化はある。だが、実際はどうか。男子のファイナル3で敗れた東レアローズの主将、星野秀知の答えは実にストレートだった。

「変わったか、と言われたら正直、僕の印象としては変わっていないです。唯一感じることがあるならば、アジア枠くらいですね。たとえばJTならば(トーマス・)エドガーだけじゃなく、劉(力賓)も打つし、決められる選手。スパイクの面だけでなくブロック面もかなり苦しめられた。日本人の出場枠が減ったり、コミュニケーションの面で課題はあったけれど、とにかく能力がすごい。強力でした」

アキンラデウォが久光製薬に与えた好影響

アキンラデウォ(16番)が久光製薬に与えた影響は大きく、岩坂(中央)は「チームを良い方向に引き上げてくれた」と話した 【写真は共同】

 従来各チームの外国人枠は1名。男子はパナソニック・パンサーズのミハウ・クビアク、サントリーのドミトリー・ムセルスキー、女子は久光製薬スプリングスのフォルケ・アキンラデウォ、JTのミハイロヴィッチ・ブランキツァなど、ナショナルチームで世界を制した、まさに“ビッグネーム”のスーパースターが在籍する。

 もちろんそれだけでも各チームや共にチームメートとしてプレーする日本人選手に及ぼす影響は大きい。ゴールデンセットの末に頂点に立った久光製薬、男子では実に15シーズンぶりとなる連覇を達成したパナソニック。どちらも日本代表選手を多く擁するため、「個」のチームと見られがちだが、共に連覇を果たした両チームの強さは「組織力」にある。

 高いレベルでの戦術遂行を成し遂げるためには、当然ながら個のレベルも高いクオリティーが求められる。その個々のレベルを引き上げるためにクビアク、アキンラデウォが果たした功績は大きい。

 アキンラデウォの対角に入るミドルブロッカーで、日本代表だけでなく今季からは久光製薬でも主将を務めた岩坂名奈はこう言う。

「私自身はブロックの面で、ルーク(アキンラデウォ)から学んだことがたくさんありました。身体能力は違いますが、あのステップ幅を真似できたらもっと楽しくなるのではないか、と思って実際に聞いてみたら『動き出しの時にワンステップ入れる』と。今までは逆に、動き出す時にワンステップ入れてしまうと遅くなると思っていたんです。もちろん判断が遅れて、間に合わないこともあるけれど、バシっとはまった時の感覚が今までとは全く違う。

 ただ単に『こうしちゃダメ、こうしなきゃダメ』ではなく、なぜそうするのか意図があるから、少しずつできるようになると、なるほど、と納得できることがすごく多い。ルークもあれだけキャリアがある選手なのに、若い子のプレーを見て『どうやっているの?』と勉強しているし、その姿を全員が見ているから、自分たちももっとやらなきゃ、変わらなきゃ、と思う。ルークの存在が、このチームを良い方向に引き上げてくれたのは間違いないです」

 決勝戦のゴールデンセットでは、要所で出た岩坂のブロックポイントが勝利を引き寄せた。久光製薬・酒井新悟監督も「昨季から取り組んできたブロックシステム、個々のブロック力は確実な成果を遂げた」と称するように、その成果は顕著に現れた。

パナソニックは「“当たり前のレベル”が上がった」

クビアクが在籍して3シーズン。パナソニックは「“当たり前のレベル”が上がった」という 【写真は共同】

 そして、見て、聞いて学ぶ、という段階から1つ抜け出したのがパナソニックだ。

 クビアクが在籍して3シーズン目の今季。当初は「身長が特別高いわけではないクビアクのプレーや、発想から多くを学んでほしい」と話していた川村慎二監督も、チームに生じた明らかな変化を口にする。

「他の方が見ていて、『今のはすごいプレーだな』というのが、僕らにとっては当たり前になっています。今まではトリッキーなプレーだと思っていたのが、今は普通。“当たり前のレベル”が上がって、一段上に順応できるようになった。クビがボールに触れば何かしてくると思っているので、全員が準備して、ボールのほうに意識を向ける。非常に良い形ができていると思います」

 セッターが1本目をレシーブした後に、クビアクがトスを上げる。体の向きやボールを捉えるポジションから、大抵は「この攻撃を使うはずだ」と予想するが、それはブロックに跳ぶ相手も同じこと。次の次まで計算されたクビアクのプレーに、発想も選択肢も広がった、と言うのは今季中盤から多くの試合出場機会を重ね、今季の日本代表にも選出された、クビアクと同じアウトサイドヒッターの久原翼だ。

「最初の頃は『この状況でそこに上げる?』と思っていました。でもバックから跳んで、クビアクがクイックに上げるのは練習で毎日のように見るプレーなので、ミドルの選手も『来るかもしれない』と準備して、普通は入らない状況でも必ず助走に入る。クビアクの個人技もありますが、それがチーム戦術でもあるし、当たり前の幅がすごく増えた。チームにとってはもちろんですが、僕も世界でこんなプレーをやってみたい、と前よりも強く思うようになりました」

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著者プロフィール

神奈川県生まれ。神奈川新聞運動部でのアルバイトを経て、『月刊トレーニングジャーナル』編集部勤務。2004年にフリーとなり、バレーボール、水泳、フェンシング、レスリングなど五輪競技を取材。著書に『高校バレーは頭脳が9割』(日本文化出版)。共著に『海と、がれきと、ボールと、絆』(講談社)、『青春サプリ』(ポプラ社)。『SAORI』(日本文化出版)、『夢を泳ぐ』(徳間書店)、『絆があれば何度でもやり直せる』(カンゼン)など女子アスリートの著書や、前橋育英高校硬式野球部の荒井直樹監督が記した『当たり前の積み重ねが本物になる』『凡事徹底 前橋育英高校野球部で教え続けていること』(カンゼン)などで構成を担当

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