日本フェンシング界のビジネス革命は、アスリートゆえの戦略思考から生まれる

キレキレなフェンシング協会を目指して

ベンチマークする側から、される側へ。スポーツ界の未来を太田会長は見据えて動いている 【写真:魚住貴弘】

――協会を改革していく中で、ベンチマークした事例や団体などはありますか。

太田: トライアスロンやフィギュアスケートをはじめ、いくつか参考にしてきたのですが、ベンチマークしてやめたケースも多いですね。たとえば、剣道などのいわゆる検定方式は安定して儲かるビジネスモデルだと思ったのですが、もともとの競技人口が大きいから成り立つわけで、7000人のアクティブユーザーしかいないフェンシングで展開してもスケールしないので検討を重ねています。一方で、フィギュアスケートは競技人口5000人ながらテレビ視聴率は非常に高く、人気の高さと競技人口とに相関性がないことが分かります。観るスポーツとしての人気向上を目指すのか、競技人口を増やすのか、マトリクスを作ってどこを目指すかを考えるようにしています。

 大会の演出という意味だとDaft Punk、サカナクション、Perfumeなどのライブエンターテインメントも参考にしています。研究・表現活動を通して世の中を変えていく、をコンセプトに活動するライゾマティクス(Rhizomatiks)と連携していることもあって、フェンシングをもっと魅せるエンターテインメントにできるのではないかという話になりました。スポーツには観る、する、支えるとありますが、「する」の部分は学校や自治体と組むなど時間がかかります。まずは「観る」と「支える」を伸ばす方向で、知名度・空気・ムードを作ろうと考えました。

――学生スポーツ、野球で言う「甲子園」のような構想もありますか。

太田: 日本フェンシング協会では、沼津市と連携し、実証実験に取り組んでいます。「働き方改革」も進む中で、部活動は減少傾向にあり、学校の先生にとっても負担になると思いますから、今後は自治体が複数の学校の部活を束ねることになっていくのではないかと考えています。また、種目間交流はこれから10年で大きなトレンドになると思いますので、マルチスポーツ化も取り組んでいきます。うまくいけばこのモデルを他の自治体にも横展開していく予定ですし、さらには、フェンシングの競技人口が増えている、中国、ベトナム、インド、インドネシアなどに対してのインバウンド戦略も進めていきたいと思っています。日本を向いてもらい、沼津に来てもらう。人口とフェンシング人口は相関関係にありますので、多くの人ができる場所を作っていくことが重要です。

 とはいえ、まだ部活は続いていくでしょう。そうした中で、甲子園やインターハイのように、全ての人が1つのピラミッド下の大会でプレーしなくていいと思っています。人間は同じレベルの人と戦いたいはずで、レベルの違う人とやり続けているとつまらない。高校から始めた人、文武両道の人、オリンピックを真剣に目指す人、多種目やっている人など、目的やコースの違いで部門に分けて実施していくと分かりやすいかもしれません。楽しみ方をたくさん用意していかないと、歪(ひずみ)が生まれてしまうのではないでしょうか。

日本スポーツビジネス大賞のライジングスター賞トロフィー 【写真:魚住貴弘】

――フェンシングに限らず、スポーツ界全体に提言できることもありそうですね。

太田: ベンチマークする側からされる側になりつつあると感じています。私たちはやり方を隠しませんので、今後、改革の過程を開示していこうと思っています。効率的な補助金申請方法などテクニカルな話から、HRのようなさまざまな業界でも転用が効く話題など、協会自体をオンラインサロンのようなプラットフォームにしていきたいです。

 スポンサーシップにしても、世界を見てもいまだロゴの露出が中心です。スポーツ自体が、企業同士の繋がりが生まれるようなマーケティングプラットフォームになる必要があると私は思っています。エンターテインメントへの出稿は費用対効果が見えづらい。オリンピック後は、広告出稿はますます減るでしょう。そこで、僕らが息切れしないために何をするか。もちろん、ロゴの掲出を重要視する企業様もありますので、オーダーメイドが大切だとは感じます。

 ほかに訴求する対象で重要なのは、子どもたちの「保護者」です。こういうお子さんに育てたいのならぜひフェンシングを、という売り方をしていきたいと考えています。

――マネジメントのデザインに挑戦している、ということなのだと感じます。

太田: そうですね。そして、マネジメントをデザインできる人の存在が重要だと思います。GM(ゼネラルマネージャー)の不在が叫ばれていますが、スポーツ業界に来ると年収が落ちてしまうという課題もあります。自分が選手だった時には見えなかったのですが、遠征だけでも数百万、数千万円が飛んでいきます。遠征の回数を多少減らしてでも、事務局を強くすることが必要です。

 スペシャリスト、ゼネラリストのバランスも考えながら、もっと機動的に委員会を機能できるような人のあり方も、限られた予算の中で考えなくてはいけません。スポーツの表彰制度を見ていると、叙勲をもらうには役員歴が数十年以上という条件があったりします。これを受賞したくて役員に残るようなことがあってはいけません。

 ここ1、2年の課題は、協会の事務局を強くして委員会を機能させること。日本フェンシング協会の事務局が一番キレキレだね、という風になりたいですね。

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著者プロフィール

「日本スポーツビジネス大賞」は、スポーツビジネスにおける素晴らしい取り組みを行い、年間を通して著しい成果を挙げたクラブ・企業・団体等を表彰する企画。こうした事例にスポットライトを当てることで、分野横断的に学び合い、日本のスポーツ界のさらなる発展に貢献することを目的とする。2017年、川淵三郎氏を発起人代表として発足、実行委員会が事務運営を行う。第3回となる2019年度表彰は、過去2回同様、株式会社楽天野球団元社長で株式会社USEN-NEXT HOLDINGS取締役副社長COOの島田亨氏を審査委員長に迎え、スポーツナビの創業者であり現在はヤフー株式会社常務執行役員コーポレートグループ長、一般財団法人スポーツヒューマンキャピタル代表理事の本間浩輔氏、株式会社スポーツマーケティングラボラトリー代表取締役、株式会社スポカレ代表取締役、一般社団法人スポーツビジネスアカデミー代表理事の荒木重雄氏、欧州サッカー協会マーケティング代理店「TEAMマーケティング」Head of APAC Sales、Jリーグアドバイザーの岡部恭英氏、と各方面でスポーツビジネス業界をリードする識者が審査委員会を構成し、審査を行った。

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