日本が向き合う「初戦」の難しさ 日々是亜洲杯2019(1月8日)

宇都宮徹壱

「まだまだ中澤選手に追いつけていない」

前日会見に臨む、森保一監督(左)と吉田麻也。引退を表明したレジェンドに関する質問があった 【宇都宮徹壱】

 アジアカップ4日目。この日はアブダビでイラク対ベトナムが、そしてドバイではサウジアラビア対北朝鮮の試合が行われる。このうちイラク対ベトナムは、非常に興味がそそられるカードである。が、この日は同じアブダビにて、日本代表の前日会見が予定されていた。グループFの日本は9日、トルクメニスタンとの初戦を迎える。この試合の重要性をかんがみるなら、やはりこちらを優先するほかないだろう。

 前日会見には、森保一監督に加えてキャプテンの吉田麻也も同席。冒頭、現役引退が発表されたばかりの元日本代表、中澤佑二と楢崎正剛についてコメントを求められた吉田は、やや神妙な面持ちでこう語った。

「楢崎選手に関しては、個人的にもずっと憧れてきて、背中を追い続けた選手です。中澤選手に関しても、(彼が)代表を去ってから同じ22番を引き継いで、ずっと背中を追いかけてきました。正直、見えない背中を追いかけている感覚でしたね。もちろん、試合数もゴール数も、まだまだ中澤選手に追いつけていないですが(苦笑)」

 吉田が日本代表に定着したのは2011年のアジアカップ以降で、楢崎や中澤とは入れ替わるタイミングであった。それでも楢崎は名古屋グランパス時代の先輩であり、中澤についても(当人が言及するように)22番とディフェンスリーダーの役割を引き継いで今に至っている。その吉田も代表のキャプテンマークを託され、世代交代が進むチームのけん引役が求められる立場となった。それでも「まだまだ中澤選手に追いつけていない」という言葉から、謙遜(けんそん)めいたものは微塵も感じられない。

 ところで「平成最後のオフ」は、何とレジェンドの現役引退が多かったことだろう。ワールドカップ(W杯)出場経験のある元日本代表に限っても、川口能活、小笠原満男、そして今度は中澤と楢崎。この4人が出場したアジアカップといえば、日本が3度目の優勝を果たした04年の中国大会が思い出される。もっとも当時のジーコ監督率いる日本代表は、スタメンとサブが固定化されており、小笠原と楢崎はずっとベンチスタート。それでも出場機会の垣根を超えて結束した、実に応援しがいのある日本代表であった。

アジアカップの初戦は日本の「鬼門」か?

日本の初戦が行われるアル・ナヒヤーン・スタジアム。「初戦の難しさ」を打破できるか 【宇都宮徹壱】

 話を日本の前日会見に戻す。この日、海外メディアからは「初戦のプレッシャー」に関する質問が相次いだ。前回大会のファイナリストであるオーストラリアと韓国が、いずれも初戦で苦しんだことが念頭にあったのは明らかだ(オーストラリアはヨルダンに0−1で敗れ、韓国はフィリピンに1−0で辛勝)。これに対して森保監督は「どの対戦相手も力があるからこそアジアカップに出場していると思いますし、われわれはどのチームと戦う時も厳しさを覚悟しながら準備をすべきだと思っています」と語っている。

 アジアカップの難しさについて「W杯と違って、アジアの中で勝たないといけないというプレッシャーがある」と語っていたのは吉田であった。実際、過去5大会の日本のアジアカップ初戦を振り返ると、00年大会(サウジアラビアに4−1)と15年大会(パレスチナに4−0)を除く3試合はいずれも接戦。しかも07年大会(対カタール)と11年大会(対ヨルダン)は、共に1−1のドローであった。アジアカップの初戦を「鬼門」と呼ぶのは、いささか大げさに過ぎるのかもしれない。が、情報が少ないトルクメニスタンが相手だけに、油断は禁物だ。

 もっとも当の選手たちは、さほど過度のプレッシャーは感じていない様子。「期待に応えるプレッシャーも感じながら、いい緊張感を持っています」と語る堂安律は、「(初戦は)あらゆることが起こり得ると思いますが、すべて想定内と思える準備をしていきたいですね」。代表キャップ数が50目前ながら、これが初のアジアカップとなる酒井宏樹は「試合後に『初戦は難しい』というコメントは言いたくないので、いつもどおりの試合展開にできればと思います」。ミックスゾーンでの選手たちは、いずれも肩の力が抜けた状態でメディア対応をしていたので、少しばかり安心した。

 一通りの取材を終えて、メディアセンターで他会場の試合を見ながら作業をする。現地時間17時30分キックオフのイラク対ベトナムは、ベトナムが勝ち越してイラクが追いつく展開が繰り返される。このまま2−2かと思ったら、土壇場でFKを決めたイラクが3−2と逆転に成功。イラクは07年大会の優勝国であり、ベスト8の常連だが、この試合に関してはベトナムのレベルの高さが際立っていた。少し目を離している間に、どんどん勢力地図が変化しているのが、アジアの面白さでもあり怖さでもある。

 初戦を迎えるにあたり、日本は必要以上にナーバスになる必要はない。ただし情報が少ない相手だけに、不測の事態に対しての対応力は求められよう。いずれにせよ若き日本代表には、レジェンドたちの相次ぐ引退を惜しむファンに、新たな熱狂を与えるような戦いを期待したいところだ。
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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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