IDでもっと便利に新規取得

ログイン

野村克也からの手紙
江夏豊様 寂しがりの君へ
『野村克也からの手紙』
1976年、トレードを発表する野村氏(中央)と江夏氏(右)
1976年、トレードを発表する野村氏(中央)と江夏氏(右)【写真は共同】

 阪神の大エースとして君臨して10年目に、南海に移籍した江夏豊氏。トレード話に当初は難色を示したが、気持ちを動かすきっかけを作ったのが、当時南海の監督を務めていた野村克也氏だ。江夏氏を食事に誘い、話すこと2時間。話題の中心は、説得でも称賛でもなく、直前に見た本人のピッチング内容だった。


 以来、同じチームの一員となってともに戦った2年間で、濃密な野球談議を繰り返した2人。スターの孤独を理解していた野村氏だからこそ、本音で話ができたし、それを知っていた江夏氏だからこそ、耳を傾けることができた。時を経て、野村氏が、しばらくぶりに愛弟子に伝えたいことを手紙に記した。

信は万物の基を成す

 最近まったく会っていないが、元気でやっているか。2015、16年、阪神で臨時コーチを務めたと聞いた。“臨時”でも、また球界とつながりを持てたのは結構なこと。なんといっても、俺たちは野球をやるしか能がないのだから。


 あれは、1975年のシーズン終盤だった。


 阪神・吉田(義男)監督から、突然の電話。俺も驚いたよ。


「江夏、いりまへんか?」


 俺は思わず「え!? 阪神に江夏って2人いるの?」と聞き返してしまった。


「いやいや、あの“大投手”江夏でんがな」

 しかし、お前はこのトレード話に難色を示した。一方、俺のほうは江夏が欲しかった。ストレートの球威が落ち、以前ほど三振を取れなくなったのは知っていたけれども、それでも欲しいピッチャーだった。


 そこで、あのとき食事に誘ったわけだ。お前はひねくれ者だから、ヘタにお世辞を言ったり、「君が必要だ」などと頭を下げたりすれば、かえってヘソを曲げるだろうと思った。だから、少し前に見たピッチングの中で、気になる部分を聞いてみた。お前は少し驚いたようだったが、やはり野球の話には饒舌(じょうぜつ)だった。2時間ほど話したのではないかな。


 その後、江本孟紀らとの複数トレードが成立した。俺が名づけた『南海の三悪人』、一悪人去って、また一悪人、だった。


 お前は典型的な、ピッチャー型の性格。しかも初めは、いかにも『元阪神のスター選手』らしい態度が目についた。「なんで俺が、こんなチームに」と内心思っているのを、隠そうともしなかった。それは勘違いだ。お前が間違っている、と俺ははっきり言ったよな。人気球団で、ファンやマスコミにいつも囲まれ、ちやほやされ、フロントにも甘やかされて育ってきた。おそらく耳に痛いことを直言してくれる人はいなかったのだろう。お前は俺に興味を持ち、近づいてきてくれた。本音は、寂しかったんじゃないか?


 大阪球場のダグアウト裏の医務室で、お前は試合中、よく寝ていたそうだな。「何かあったら、呼びに来い」と若いピッチャーを使い走りにして、すやすや寝ていたと聞いた。それで、俺が「仕事場に来て寝るとは、どういうことだ。なんで、そんなに眠いんだ」と聞いても、まともに答えようとはしなかった。人づてに、お前が毎日徹夜で麻雀をし、そのままグラウンドに来ていたと知った。


 あまりに荒れた生活を送って家にもろくに帰らなかったものだから、心配した奥さんのお母さんが、私を訪ねてきた。


「監督と同じマンションを買いますから、江夏を監視していただけませんか」


 おかげで俺はそれから毎日、お前を球場に車で送り迎えする羽目になった(笑)。試合帰りに寄り道しないよう、しっかり家に送り届ける運転手だ。お前は早く家に帰ってもやることがないからと、夕食を終えると必ずウチにやってきた。そして決まって、野球の話だ。お前は俺と同じで、野球の話が好きだよな。野球談議を心置きなくできる人を、探していたんだろう。


 俺も、そうだった。若いころ、寮の風呂で皆と一緒になっても、酒と女の話ばかりだった。24時間、野球漬けだと思ってプロ入りしたのに、ガッカリしたよ。せっかく丹後の山奥から、野球のやの字も知らずに出てきて、野球の勉強をしようと思っているのに、専門の話をできる人が、だれもいないんだ。「なんだ、この世界は」と思ったものだ。


 だから俺は、ブレイザーが来たとき、うれしかった。暇さえあればブレイザーを飯に連れ出し、メジャー・リーグの話を聞いた。野球の話ばかりしていたよ。


 お前もそうだったんだな。特に俺とバッテリーを組んだ試合の後、よく配球面の疑問を俺にぶつけた。


「9回、○○のとき、追い込んでから真っすぐ勝負だったでしょう。俺にはわからない。あれは、どうしてだ?」


 そこで俺がなぜ勝負球をストレートにしたか、説明する。いつもそんなふうに会話が始まった。俺が野球以外の話をし始めると、お前はすぐ話題を野球に戻してしまう。野球に関しては、本当に真面目だったな。


 こんな話をしたのも、覚えているよ。俺が、こう聞いた。


「ストライクの取り方っていくつある?」


 するとお前は、「いくつあるって、どういうことよ」と聞き返した。


「ストライクの取り方は、最低3つあるやろ。野球はなんでも3の係数なんだ。見逃しのストライク、ファウルで稼ぐ、空振りで稼ぐ。簡単なことや。そのどれを選択するかというのが、バッテリーの呼吸だよ」


 次に、こう聞いた。


「じゃあ、一番処しやすいバッターは、どんなバッターや? ホームランバッターか、アベレージバッターか」


「考えたことなかったわ」


「俺がキャッチャーやってて、一番処しやすいバッターは、選球眼の悪いヤツや。選球眼の悪いヤツには、なにもストライクを投げる必要はない。ボール球で誘えばいいんや」


 夜明けまで野球談議をすることも、しばしばあった。夏場はとりわけ夜明けが早く、「おい、もう夜が明けてきたから寝よう」とこちらから切り出さないと、話をやめなかった。

ベースボール・マガジン社

スポナビDo

新着記事一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント