連載:指導者として

【戸田和幸連載(9)】2部への降格、これが今の自分の力 個々の成長と結果の両方を求めた8か月

戸田和幸

Iリーグ1部からの降格が決定

個々人の成長と結果の両方を求めてチャレンジしてきましたが、Iリーグ1部からの降格が決定しました 【宇都宮徹壱】

 10月28日に行われた作新学院大との試合に1−2で敗れ、Iリーグ1部からの降格が決定しました。
 前回コラムの配信後、10月14日に専修大学とのリーグ最終戦を闘いましたがラスト7分で引っくり返され1−2での敗戦、そこから2週間間隔が空いての作新学院大との残留を懸けたトーナメントの初戦でした。

 10月6日に行われた拓殖大との試合(0−3)を終えてから自分が改めて考えたのは、残留に向け闘う上でどれだけ選手たちの中に生まれるプレッシャーを軽減させられるのかという事でした。

 毎試合ごとの結果、勝ち点に順位。
 結果が残せなければ残せないほどプレッシャーは大きくなり、プレーする事に対して恐れを抱くようになる傾向にありますが、「自分たちが掲げたサッカーをして1部に残留する」という目標がまだ消えてなくなったわけではない。

 どの試合にも上手くいかない、出来ない事があったからこそ勝ち点3を獲得する事が出来ずに終わってしまいましたが、その反面、トレーニング(TR)で積み上げてきた事に自信をもって表現すれば相手の陣形に合わせたプレスでボールは奪えましたし、相手の前線の人数とプレスの掛け方を見ながらアタッキングサードまでテンポよくボールを運ぶ事も出来ていました。

 後はゴールを決める事が出来るのか、もしくは失点を防ぐ事が出来るのか。
 当たり前ですが最後は両方のゴール前で勝敗は決します。

 決める為に必要な事は、チャンスを多く作り出す事とフィニッシュの精度。

 一方、決めさせない為に必要な事は出来る限りシュートを打たせない組織的守備と、ボックス内にボールを入れられた時の冷静な対応。

 これについてはとにかく練習あるのみ、シーズン終盤はそれまでよりゴール前のシチュエーションを作ってTRを増やしました。

 TRはポジション毎に分けて進める回数を増やしました。
 例えばFWとDFは幾つかのシチュエーションを作ってのフィニッシュとそれに対する守備のTRを。

 中盤はバリエーションとルールに変化を加えたポゼッションTRを行い、その日のTRの最後にはチームとしてまとめていく。
 出来るだけ全ての選手にダイレクトに届く内容のTRを作り時間を無駄にしない事、そして終盤は特に両ゴール前の質の改善にそれまで以上に力を注ぎました。

 今シーズン、チームとして掲げた方向性に向かって全体をバランス良くレベルアップさせる事を常々意識して日々のTRを考えてきましたが、如何にゴールを決めるか決めさせないかがサッカーでは最も重要だという事を改めて強く認識する結果となったシーズンとなりました。

評価を受けた「TRの具体性とテンポ」

 シュートは「決めろ」と言っても決まるものではなく、その言葉を言えば言うほど選手にプレッシャーを与えてしまう。
 ですから意識して「決めろ」という言葉は口に出さず「決められる」為のTRを用意し繰り返しアドバイスしながらたくさん練習しました。

 守備についても考え方は同じ、3対2、4対3、といった数的不利なシチュエーションでのTRでキーパーを含めれば「同数」という認識を持たせ焦る事なく時間をかけさせる事と、不利な状況でも慌てることなく対応出来るゴール前の守備の再構築を図りました。

 また2ラインでの守備では振られる事を前提とした中で如何に組織として穴を作る事なくボックス内に侵入させない守備を行えるか、そこに加える形でクロス対応とサイドバックとセンターバックの間のスペースを使われた場合の対処方法について反復を繰り返しました。
 TRの中で失敗をし失点たとしても「練習は失敗する為にあるんだから下を向く必要はないよ」というメッセージを出す事で、出来るだけ選手が安心してチャレンジし失敗が出来るように心掛けました。

 今シーズン、指導者としての自分に興味を持ってくれた友人や指導者が何度も日吉のグラウンドまでTRや試合を見に足を運んでくれました。
 単純に興味があるから見に来たというものでしたが、「TRの具体性とテンポ」については皆さん評価してくれました。

 ただそれとは別にTRの中で如何に「失敗させてあげられるか」という点について考えると、シーズン終盤に差し掛かかり、如何に選手のプレッシャーを軽減させてあげられるかというフェーズに入ってようやく指導者として選手に対する熱量の出し方や振舞い方の調節できるようになったと恥ずかしながら感じています。

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著者プロフィール

桐蔭学園高を卒業後、清水エスパルスに加入。2002年ワールドカップ日韓大会では守備的MFとして4試合にフル出場し、ベスト16進出に貢献。その後は国内の複数クラブ、イングランドの名門トッテナム、オランダのADOデンハーグなど海外でもプレー。13年限りで現役を引退。プロフェッショナルのカテゴリーで監督になる目標に向けて、18年からは慶應義塾大学ソッカー部のコーチに就任。また「解説者」というサッカーを「言語化」する仕事について、5月31日に洋泉社より初の著書『解説者の流儀』を出版

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