連載:指導者として

【戸田和幸連載(9)】2部への降格、これが今の自分の力 個々の成長と結果の両方を求めた8か月

戸田和幸

選手を圧迫してしまう事もあったのではないか

個々人の育成をメインに掲げながらも勝利を目指して妥協する事なく取り組む。これが育成リーグの正しい目的だと自分なりに解釈し、一生懸命努力しました 【宇都宮徹壱】

 僕は指導者として「1部に残留する為に必要な事しかしないし、結果が出るまでどれだけ難しくても苦しくてもやり続ける」と言い切って選手たちと向き合ってきました。

 向き合えば向き合うほど彼らの事はよく見えてきます。
 彼らに対しては「自分は鏡となって本当の君達自身を見せる為にここにいる」という言い方を何度もしてきました。
 選手というものは時に自分を過大評価する事もありますし、その逆もあれば評価そのものの仕方を間違えてしまう事もあります。

「自分に似た選手は誰でしょうか?」と質問された事もあるし、「アザールのプレーを見て勉強しています」と言われた事もあります。

 本人は大真面目に僕に相談してくれたのですが、指導者として何かを伝えなくてはならないとしたら「見るべき対象を間違えているよ」となります。

 そして「自分に似た誰かを探すのではなく、自分が選手として成長する為に参考になる要素を持った選手を探すんだ」と伝えてきました。

 また指導者からの言葉よりも誰かのプレーを見てもらった方が、自分が伝えたい事がより伝わる場合もあります。
 DFとして身体的にも技術的にも良いものを持った選手がいます。

 内に秘めた気持ちはありながらも一つミスをすると修正が出来なかったり、DFとして必要な周りを動かす力が足らないと感じていたので、一つ一つの守備局面での強さや周りを巻き込み動かしていくパッションを感じ学んで欲しいと「カルレス・プジョルの映像を見るように」と勧めたりもしました。

 サッカーには戦術的にある程度整ったTRが必要ですが、それ以上に思い切ってチャレンジし、たくさん失敗しながら前のめりな姿勢も獲得させサッカーと人生を学んでいく事。

 そもそもこれが、自分が彼らに与えようと考えていた指導でしたが、気が付くと勝利に向かう向かわせる為に指導者として突き進む気持ちが選手を圧迫してしまう事もあったのではないかと反省は尽きません。

 個々人の育成をメインに掲げながらも勝利を目指して妥協する事なく取り組む。
 これが育成リーグの正しい目的だと自分なりに解釈し、一生懸命努力しました。

今の自分に出来る事を全て

 僕は今シーズンCチームを預かる上で自分の中で決めていた事があります。
 それは「選手を欲しがらない」という事でした。
 理由はシンプルなもので自分が預かるチームがCで、属しているリーグが育成リーグだからです。

 シーズンが始まってすぐの頃、自分の選手たちが昨シーズンどのチームでどのくらいプレー出来ていたのかを知る為に、B・Cチームの戦績と出場メンバーを調べた事があります。

 昨シーズンからIリーグ1部に属する事になったCチーム(リーグ登録上は慶應B)は、前期は0−7、1−9といった大敗もあり、中断期間にBチームから選手を多く補充、後期に入って勝ち点を積みギリギリで1部残留を果たしたというシーズンでした。

 今シーズン自分が指導してきた選手の中に昨シーズンのCチームに属し、Iリーグの1部での出場経験がある選手はレギュラーが1人、サブで3人ほど。
 その下のDチームの選手としてIリーグ2部でレギュラーだった選手も3人ほど、サブにも同じくらいの人数でした。

 1部だけでなく2部でのプレー経験も持たない選手たちが、今シーズンは1部で国士館大や法政大、早稲田大のBチームと闘う。

 選手にとっては時に逃げたくなるような難しいチャレンジだったかもしれまん。
それでも僕は指導者として個々人の成長ベースにチームとしても結果を残す事に挑戦しました。

 シーズン中の選手の入れ替えについては基本的にはDで頑張っている選手にチャンスを与える事が目的、Dチームのコーチから推薦された選手を受け入れる形で入れ替えを行ってきました。

 また、BチームのコーチからはBではまだ試合に出られないけども先を見て試合経験を積ませたいという選手と、学年で考えてこれからBでは出られる可能性は高くないけれどもCでは確実に戦力になる選手なのでと推薦してもらう形で加わった選手たちでCチームは闘ってきました。

 育成という視点で考えた時、Cチームという上から3番目のチームを預かる者としてどう考えるべきかよく悩みました。

 チームとしての結果と個々人の成長・育成のバランスを如何に考えるべきか、何度も何度も自問自答してきましたが、一度預かった選手は簡単に見限らず、シーズンを闘う中でどこまで本気にさせ意識レベルから変える事が出来るかに挑戦する事を選びました。

 9回に渡り書き記してきた事だけでは伝えきれない多くの取り組みと出来事がありまさに悪戦苦闘の日々でしたが、今の自分に出来る事は全てやろうと頑張りました。
 個々人の成長があって初めてチームとしての発展がみられる、個々人に課題を認識してもらえるよう切り取った映像を渡し指導者と共有しながら改善を促す事に時間と労力を費やしました。
 自分はあくまでも鏡、彼ら自身が自分を知り課題を正しく認識出来る事から始め、納得して自分と一緒にサッカーをしてもらえるよう働きかけました。

 何をやっても上手くいかないと悩みに悩みながらも、考え方を変えてくれた事で大きくプレーも改善した選手も何人もいました。
 今までの習慣を変える作業にかなりの時間を費やしはしましたが、シーズン終盤にきてようやく変わり始めてくれた選手も何人も出ました。



 だけれども指導者としてCチームを1部に残留させる事は出来ませんでした。

 慶應義塾大学ソッカー部という歴史と伝統あるチームに相応しくない結果を残してしまった結果に対する責任は全て自分にあります。

 個々人の成長と結果の両方を、きちんとサッカーをする事で社会性も含めて獲得させたいと決めてチャレンジした8か月。

 残した結果は2部への降格。

 これが今の自分の力だと受け止めています。

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著者プロフィール

桐蔭学園高を卒業後、清水エスパルスに加入。2002年ワールドカップ日韓大会では守備的MFとして4試合にフル出場し、ベスト16進出に貢献。その後は国内の複数クラブ、イングランドの名門トッテナム、オランダのADOデンハーグなど海外でもプレー。13年限りで現役を引退。プロフェッショナルのカテゴリーで監督になる目標に向けて、18年からは慶應義塾大学ソッカー部のコーチに就任。また「解説者」というサッカーを「言語化」する仕事について、5月31日に洋泉社より初の著書『解説者の流儀』を出版

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