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「野球、がんばります」
根尾昂が父に出した覚悟の手紙

中学卒業から決めていたプロへの道

1位指名を受けた中日の帽子をかぶり、笑顔を見せる大阪桐蔭の根尾
1位指名を受けた中日の帽子をかぶり、笑顔を見せる大阪桐蔭の根尾【写真は共同】

 今年8月21日、大阪桐蔭の根尾昂は、甲子園での春夏連覇という1つの目標を達成した。そして10月25日、もう1つの目標を果たす。プロ野球選手になるという夢を実現したのだ。


 二刀流で甲子園を沸かせた根尾は、今年のドラフトの主役だった。投げては最速150キロを記録し、ピンチになるほど真価を発揮する負けない投手。センバツでは史上初の2年連続優勝投手に輝いた。ショートの守備では、抜群の身体能力を生かした鮮やかなプレーで相手のチャンスをつみ取る。打撃でも対応力が高く、今夏の甲子園で強烈なバックスクリーン弾を放つなど高校通算32本塁打を記録。積極的に先の塁を陥れるスピードとソツのなさも光った。


 ドラフト会議では、中日、東京ヤクルト、巨人、北海道日本ハムの4球団が競合し、もっとも早くに1位指名を公表していた中日が交渉権を獲得した。


 根尾は、中学生の頃から、高校卒業と同時にプロ入りすることを心に決めていた。


「高校から(プロに)行って経験を積んでいくことが、プロ野球のトップになるための近道だと思っていましたし、そのためには高校も、一番強いところでやるのが、一番の道というか、自分には必要な道だと思って、大阪桐蔭を選ばせてもらいました」


 根尾は飛騨高山ボーイズに所属していた中学時代から、飛び抜けた逸材として知れ渡っていた。大阪桐蔭のチームメイト、藤原恭大(千葉ロッテドラフト1位)は、「根尾は中学生の時から一番注目されていて、テレビにも出ていた。その根尾を超えようと思って大阪桐蔭に入った」と振り返る。


 今夏の甲子園優勝投手となった柿木蓮(日本ハムドラフト5位)も、「中学でボーイズのジャパンに選んでもらった時に、根尾を見て、『やっぱり全国にはすごい選手がいるんだな』と感じた。そういうやつらと争って、レギュラーを獲りたいと思い、大阪桐蔭を選びました」と話す。

競争に勝つために野球1本に絞る

 野球だけではない。根尾はスキーでも、中学時代に全国大会で優勝するほどの身体能力の持ち主。両親とも医師という家庭に育ち、頭脳明晰(めいせき)で、中学では生徒会長も務めた。


 しかし根尾は、医師でもなく、スキー選手でもなく、プロ野球選手に憧れた。ただ、万能の根尾でも、全国から有望選手が集まる大阪桐蔭でレギュラーを獲ることはたやすいことではなかった。大阪桐蔭に入学後、寮生活を送る根尾から、岐阜に住む父・浩さんのもとに手紙が届いた。


「勉強できてなくてごめんなさい。成績が下がるけどごめんなさい。でもその分、野球をがんばります」


 周囲の先輩や同級生のレベルが想像以上に高く、みな練習も熱心。その中で早くレギュラーをつかむためには、勉強するつもりでいた時間も自主練習にあてなければ、競争に勝っていけない。野球1本でいくという覚悟だと、浩さんは受け止めた。


「私はもう応援するだけなので。体に気をつけてやりなさいということしか言っていません」


 浩さんは、昂にも医者になってほしいという思いを、幼い頃は持っていたという。「でも、もう野球にべったりでしたからね」と苦笑する。


 根尾は寮の部屋でも時間さえあればトレーニングしていた。藤原はこう証言する。


「夜中にバランスボールでストレッチをしたり、朝起きたら腹筋や腕立て伏せをしていたり。同部屋だった時は自分が二段ベッドの下だったので、結構うるさかったです(笑)」

米虫紀子

大阪府生まれ。大学卒業後、広告会社にコピーライターとして勤務したのち、フリーのライターに。野球、バレーボールを中心に取材を続ける。『Number』(文藝春秋)、『月刊バレーボール』(日本文化出版)、『プロ野球ai』(日刊スポーツ出版社)、『バボちゃんネット』などに執筆。著書に『ブラジルバレーを最強にした「人」と「システム」』(東邦出版)。

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