投手・大谷の2018年<前編> メジャーでも屈指の球速だが…

丹羽政善

2018年、投手大谷のボールの特徴をデータで追った 【写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ】

 10月1日(現地時間)、エンゼルスの大谷翔平が痛めていた右肘靭帯の再建手術(トミー・ジョン手術)を受けたと球団が発表した。執刀したのはカーラン・ジョーブ整形外科クリニックのニール・エラトラッシュ医師で、大谷のチームーメートでもあるギャレット・リチャーズのトミー・ジョン手術も担当しており、経験豊富な専門医だ。

 これでしかし、大谷が来季のマウンドに立つことはなくなった。投手復帰は早くても2020年の開幕か。

 この決断はただ、二刀流の継続を意味する。

 手術を見送り、打者に専念したらどうだという声もある中、エンゼルスのビリー・エプラーGMは靭帯損傷の再発が発覚した9月5日、「そのことは考えていない。大谷は二刀流選手だ」と強調したが、そのこだわりに偽りはなかった。

 もっとも、投手をあきらめるという選択肢などあったのか。

 正直、現時点での投手としてのデータには平凡なものが少なくない。しかしその分、伸びしろしかない。その魅力、ポテンシャルは当代無比。

 投手としては未完成の大谷が、今後どう成長するのか。そこを見たいという誘惑に駆られるのは、エプラーGMだけではないだろう。

 今回のケガも、視点を変えればプラスと映り、飛躍を導くカギともなり得る。

 リハビリを通して、肘に負担のかからないフォームへの改善が求められるだろう。結果として、球質もまた改善されるとしたら、どうなるか。裏を返せば、球質のデータから、故障を誘引した原因もまた見えてくる。

 2回にわたって、投手・大谷をデータで紐解いていく。

大谷の武器となる4シームとスプリット

「打者にとってやっかいなのは……」

 今年4月、そう口にして言葉を切ったジョナサン・ルクロイ(アスレチックス)は、ゆっくりと続けた。

「軌道が同じことだ」

 この言葉を理解するには、少々予備知識が必要だろう。

 ここ1、2年で「ピッチトンネル」という言葉が大リーグで定着している。

 打者に、いかに球種の判別を遅らせることができるか。例えば、ある2つの球種があり、同じような軌道で打者に向かってくるとする。最終的には違う地点に到達するわけだが、その分岐点が打者に近ければ近いほど、打者の対応が遅れる。

 以前からある概念ではあるが、米データサイトの『ベースボール・プロスペクタス』(https://www.baseballprospectus.com/)が起動の違いを分析し、具体的に定義した。

 少々難解だが、4年連続で二桁勝利を挙げ、仮に今年、ピッチャーライナーが右足に当たって離脱を迫られなければ、サイ・ヤング賞候補だったトレバー・バウアー(インディアンズ)が分かりやすく教えてくれた。

「木をイメージするといい。その木を引っこ抜いて、枝の伸びている部分を打者に向ける。木の地面に近い部分はまっすぐだが、枝は当然、色んな方向に向いているよな。それを投手が投げる球に置き換える。リリースしてしばらくは軌道が同じだが、球種により捕手が受ける場所はさまざまだ。その枝分かれのポイントが打者に近ければ近いほど、球種がバレにくい。複数の球種でそれができれば、投手には有利に働く」

 バウアーは真後ろからハイスピードカメラで自分の投げる球の軌道を撮影し、複数の球種の映像を重ね合わせることでそれを検証する。彼はボールの握りやリリース時の手首の角度を変えながらさまざまな軌道のスライダーを投げるが、それをカーブにもカットボールにも見せる工夫をしている。

 ルクロイの言葉に話を戻すと、彼が言っているのは、まさにそのピッチトンネルのことだが、ではいったい念頭に誰のどの球種があるかといえば、大谷のフォーシーム・ファストボール(以下4シーム)とスプリット・フィンガード・ファストボール(以下スプリット)である。

 大谷が今季初先発をした4月1日と4月8日に対戦した彼はその後、大谷の印象として4シームとスプリットの軌道の「区別がつかない」ことを挙げ、「やっかい」と評したのだった。

 そのことはデータで証明できる。

 現在、大リーグの全球場に、球速のほか、回転数、変化の幅、リリースポイントなどを計測する「トラックマン」と選手の動きを追跡する「ChyronHego(カイロンヘゴ)」の2つを組み合わせた「Statcast」というシステムが導入され、そこで得られるデータは、MLBの『Baseball Savant』(https://baseballsavant.mlb.com/)で公開されている。それらを利用して大谷の4シームとスプリットの横の動き(シュート成分)を抽出したところ、極めて酷似していることが分かった。(※ボールの動きの解釈に関しては下記を参照)
 この2つの球種の場合、横の動きの数値が近ければ近いほど、打者は同じ球種だと錯覚しやすいわけだが、以下が、登板日ごとの大谷の4シームとスプリットのシュート成分である。(左が4シーム、右がスプリット)

4月1日:20.4センチ、18.0センチ
4月8日:15.2センチ、14.3センチ
4月18日:16.8センチ、15.2センチ
4月24日:14.9センチ、12.8センチ
5月6日:12.5センチ、13.4センチ
5月13日:17.1センチ、13.1センチ
5月20日:18.3センチ、14.6センチ
5月30日:15.8センチ、13.4センチ
6月6日:15.5センチ、17.7センチ
9月2日:11.9センチ、11.0センチ
平均:15.8センチ、14.4センチ

 試合ごとに誤差はあるが、平均値の差はわずか1.4センチ。参考までに、以下にフォークもしくはスプリットを持ち球とする、あるいは持ち球としていた主な投手のデータも列記したが、これほど差が小さい投手は見当たらない。

■4シームとフォークもしくはスプリットのシュート成分の差
(2015年〜18年4月15日までのデータ)
ザック・パットナム:16.76センチ(17年まで)
オリバー・ドレーク:7.01センチ
エドワード・ムヒカ:5.49センチ(17年まで)
ヘクター・ネリス:15.85センチ
アルフレド・サイモン:9.45センチ(16年まで)
上原浩治:6.1センチ(17年まで)
田中将大:5.18センチ

 つまり、大谷の4シームとスプリットの軌道は、他の投手のそれと比較しても、類を見ないのである。

 その大谷の4シームとスプリットを疑似体験したことがある。ニューヨークにある脳科学研究所「デサーボ」が開発した「uHit」というアプリでは、メジャーリーガーの投げる球の軌道が再現されており、球種判別、ストライクかボールかといった判断のトレーニングに利用されているが、大谷の球を大型のスクリーンに映し出して“対戦”してみると、4シームだと思った球が消えた。しかも大谷の場合、スプリットも90マイル(約145キロ)を超えるので、どうしても4シームにしか見えない。

「4シームを待っていてスプリットが来たら、手に負えない」とルクロイ。

 2球種のシュート成分にほとんど差がないことは、間違いなく大谷の長所であり、メジャーでも通用することを証明した大きな要因だった。

 その一方で、ルクロイはこう付け足した。

「4シームを待っていて4シームが来た場合は、その限りではない」

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著者プロフィール

1967年、愛知県生まれ。立教大学経済学部卒業。出版社に勤務の後、95年秋に渡米。インディアナ州立大学スポーツマネージメント学部卒業。シアトルに居を構え、MLB、NBAなど現地のスポーツを精力的に取材し、コラムや記事の配信を行う。3月24日、日本経済新聞出版社より、「イチロー・フィールド」(野球を超えた人生哲学)を上梓する。

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