アルビS社長が重視する「ストーリー」 Jクラブの海外拠点が本家を追い抜く理由

宇都宮徹壱

バルセロナでの成功とプノンペンでの失敗

アルビレックス新潟バルセロナは、世界に通用する人材を育てていくことを目的としている(写真は2014年のもの) 【宇都宮徹壱】

 アルビSの経営を軌道に乗せる一方で、是永社長はさらに海外拠点を増やすべく、さまざまな戦略を練りながらアクションを起こしていく。その成功例としてまず挙げられるのが、12年から立ち上げたアルビレックス新潟バルセロナ(以下、アルビB)。これは、スペインのカタルーニャ州4部(トップリーグから数えて8部)のチームに所属しながら現地で語学やビジネススキルを学び、世界に通用する人材を育てていくことを目的としている。

「なぜバルセロナだったかというと、仕事で向こうに行く機会がほしかったのがひとつ(笑)。それとバルセロナといえば、やっぱりFCバルセロナじゃないですか。8部とはいえサッカーの本場でプレーして、そこでスペイン語を習得することで、その経験を生かしながらスポーツビジネスの人材を送り出すというストーリーです。大まかに言えばサッカー留学のひとつではあるのですが、アルビBの希望者には『プロ選手にはなれないよ』ということは必ず伝えています」

 もちろん是永社長のチャレンジには、失敗もあった。カンボジアの将来的な経済発展を見込んで、14年に立ち上げたアルビレックス新潟プノンペンは「初年度は赤字でリーグ戦も最下位。サッカー協会の刹那的なリーグ運営にも振り回される」ということで、わずか1年で撤退。このあたりの見極めの迅速さも、優れたビジネスセンスの表れと言えよう。ただし、同時期にスタートさせたアルビレックス新潟ミャンマーサッカースクールのほうは、順調に黒字化しているだけでなく、素晴らしい実績も残すことができた。

「現地のろう学校の生徒に、週3日ほどサッカーを教えているんです。そこは全寮制で、生徒たちはほとんど学校の敷地内から出たことがなかったんですよ。それでも試合がしたい、と彼らは言う。そこで学校側と掛け合って、バスで1時間くらい離れた土地で試合をする経験ができたんです」

 話はそれだけにとどまらない。これがきっかけとなって、何と国際大会への出場への道が開かれることとなったそうである。

「実は次の年に、マレーシアで行われたASEANデフサッカーにもミャンマー代表チームとして出場したんです。それまで学校の敷地から出られなかった子供たちが、サッカーをすることで初めてパスポートを作って、初めて飛行機に乗って、ミャンマー代表として国際試合をする。そのストーリーをお話してまわって共感を得た結果、たくさんの企業さんから応援をいただいています」

一貫していた「日本の将来に貢献する人材の輩出」

「日本の将来に貢献する人材の輩出」を目的に活動を続ける是永社長 【宇都宮徹壱】

 18年現在、新潟の海外拠点はシンガポール、バルセロナ(スペイン)、ミャンマーに加え、昨年には香港でも新会社が立ち上がった。そして今年、東京・渋谷に新たな拠点が誕生。「本当は『東京』を名乗りたかったんですけれど、FC東京さんや東京ヴェルディさんに叱られるかもしれないので(笑)」と是永社長は苦笑する。シェアオフィスながら渋谷に拠点を構えたのは、アルビBへの留学希望者の説明会をはじめとする、各種業務を行うのが目的。すでにアルビBの卒業生の中には、アルビSやミャンマーなどアルビレックスシンガポールグループで働く者も出てきていて、各国の拠点にうまく人材を循環させているようである。

 ところで海外拠点といえば、最近ではベルギー1部のシント・トロイデンVVが注目を集めている。日本のDMMグループが経営権を取得し、冨安健洋や遠藤航といった将来の日本代表を担う選手たちを獲得。ベルギーリーグは日本人選手が出場するハードルが低いため、ここで活躍すればビッグクラブへの移籍も夢ではない。DMMグループの投資が、移籍ビジネスを目的としているのは明らかだ。実は是永社長も、ポルトガルのクラブを買い取り、移籍ビジネスを展開するプランを考えていたという。

「今の移籍市場を牛耳っているのはポルトガルの代理人たちだし、アフリカから最も近いヨーロッパでもあるので、移籍で商売をするならあの国だろうなと。実際、いくらで経営権を買えるのかもリストアップして調べました。ただ、欧州のクラブを回していくにはキャッシュフローがシビアになるので、すぐに(経営面での)結果を出す必要がある。それこそ社運を賭けたものになります。結局、そこはプノンペンでの経験が生きて、ブレーキを効かせることにしました」

 是永社長の経営哲学の根幹にあるのは、インタビューでも頻出する「ストーリー」という言葉である。「特にスポーツの領域では、人は魅力のあるストーリーに対して消費活動をする。だからスポーツにおける経営は、ストーリーを作って売るということなんです」と言い切る。これまで、さまざまな事業展開を手がけてきた是永社長だが、実は自身の中にも一貫したストーリーがあった。それは「日本の将来に貢献する人材の輩出」。自分たちのビジネスによって、異文化に物怖じしない若者を輩出し続けることが、めぐりめぐって少子高齢化に苦しむ日本を救う──。これこそが、是永社長が10年越しで追い求めてきたストーリーだったのである。

 シンガポールに着任して11シーズン。この間、結果は着実についてきている。是永社長によれば、着任した当時は1億円弱の予算で運営していたアルビSだが、現在は5カ国7法人にまで広がり、2019年の事業規模は約40億円になる見込みだという。新潟の17年の事業規模が、27億6200万円と発表されていることを踏まえれば、両者の立場が経営面でも逆転していることは間違いなさそうだ。そして「非常事態」の只中にある新潟は、遅かれ早かれ、この若き経営者に大きなミッションを託すことになるのではないか。それが今回の取材を終えた今、私自身が思い描く近未来の「ストーリー」である。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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