イギリス研修を経て、池江璃花子の指導へ 三木二郎が思う「勝負で表れる自信」とは

田坂友暁

スランプに悩んだ経験も……見つけた「這い上がり方」

現役時代は、北島康介(左)らとともに平井伯昌氏(右)に指導を仰いだ。写真は2000年6月撮影 【写真は共同】

――三木コーチご自身の話を伺いたいのですが、初めての国際大会がシドニー五輪だったんですね。

 当時の全競技の男子最年少(17歳)でした。出場する国際大会の規模も段階を踏むことが普通ですが、私の場合は最初の国際大会が最高峰ですから、もう衝撃でしたよね。ですが、最初に最高峰の大会を経験したことで、「この世界でもう一度戦うんだ」というモチベーションになりましたね。シドニー五輪は準決勝敗退だったんですが、タッチしたときに「あ、次の五輪まであと4年しかない」と思ったのを覚えています。五輪という最高峰の舞台を最初に経験したからこそ、その舞台で戦いたい、という気持ちが強くなったんです。
 とはいえ、アテネ五輪までずっとモチベーションを高く保てたか、というと、そうではありませんでした。02年、ちょうど大学に進学して環境が変わったタイミングで、全然記録が伸びなかったんです。高校時代よりも練習しているし、その練習タイムも上がっているのに、なんでベストが出ないんだろうと悩みましたね。

――まさにスランプですね。そこからどうやって脱却したんですか。

 当時指導していただいていた平井伯昌コーチにアドバイスをいただいたり、友達から励まされたりしましたけど、結局たどり着いたのは、「自分が水泳を好きなのか嫌いなのか。これからも競技を続けたいのか。そして、五輪を目指したいのか」という心の部分でした。
 水泳選手って、結構過去にこだわってしまうんですね。過去の記録を引っ張ってきて、去年の試合前のタイムはこうだったけど、今はこのタイムで泳げているからベストが出る、とか。でもそんなものに根拠はないじゃないですか。練習のタイムが以前よりも良くなっているから、必ずベストが出るとは限らないわけです。
 結果が出せないのは、練習内容がどうとか、そういう問題ではないんです。スランプの本当の問題は、精神的なもの。それに気付けたから、私は翌年からまた記録を伸ばすことができました。

――過去を基準に考えていると、うまくいっているときはその練習が自信になるけれど、うまくいかなくなったときに疑念が生じて、それが不安につながって、自信がなくなってしまうわけですね。

 そうなったら、もう自分で心の整理をするしかないんですよ。いわば、自分のなかの“ミニ二郎”に聞くわけですよ(笑)。「お前、ホンマにシドニー五輪で悔しいと思ったんか? アテネ五輪でもう一回、五輪という場所で戦いたいと思ってるんか?」と。そうやって自問自答して、最終的に自分なりの答えを見つけるしかない。その答えのひとつが、「水泳が好きで、もう一回五輪で戦いたい」という気持ち。それが分かれば、覚悟が持てますよね。過去の自分と比べるのではなくて、前を向いて、新しい自分を作っていけば良いんです。
 もちろん、ミニ二郎との会話だけで気持ちが吹っ切れたわけではありません。平井コーチのアドバイスもありましたし、私は友達に恵まれていたので、落ち込んでいる私を友達は励ましてくれました。今でも覚えているのは「二郎の人柄があるから、俺らは応援するんやで」と言われて。本当に今でも感謝しています。

 アスリートは、個人スポーツでも団体スポーツでも、ひとりでは競技力を向上させることはできませんし、結果を残すことはできません。自分の周りの方々が応援してくれたり、協力してくれたりするからこそ、つらいときも頑張れるし、スランプになっても這い出られるし、それが結果につながるんです。だからこそ、自分を応援してくれる人を増やせるような人間力をつけることは、アスリートにとってとても大切なことなのだと思っています。

世界一の選手も“一生懸命” それが自信につながる

イギリス研修時には、代表チームの指導で世界記録保持者のアダム・ピーティー(中央)らと接した 【写真:ロイター/アフロ】

――その人間力というのは、どうやって育んでいくものだと考えていますか。

 縁もあると思いますが、やっぱり自分が目標に向かって、ひたむきに頑張っている姿を見せることが大切なのだと思います。
 最初から応援してくれる人が5000人いますというわけではないですよね。だから、コツコツ積み上げていって、自分はとにかく目標に向かって一所懸命努力すること。結果を出すこともそうですが、結果が出せなくても努力をし続けること。そういう姿を見せていくと、自然と応援する人たちや協力してくれる人たちが増えていく。いわゆるファンですよね。そこに大きなつながりが生まれて、巡り巡って自分が大変なときに助けになってくれるのではないでしょうか。
 間違ってはいけないのは、そこに慢心すること。当たり前だと思ってはいけないですよね。環境などについてもそう思っています。
 2年後、東京五輪というビッグイベントが待っていて、選手が練習する環境はとても良くなっていると思います。それは本当に幸せなことです。だから、五輪を目指すのであれば1分1秒を無駄にしないで、精進してほしいと思っています。

 選手を取り巻く環境が良くなったからといって、競技力が伸びるわけではありません。そこに感謝する気持ちと同時に、何か自分なりのストイックさを持ってほしいと思っています。
 イギリスの有名なアダム・ピーティーという平泳ぎの選手は、世界一になりましたし、世界記録も持っています。でも、さらに強くなるためにとてもどん欲です。そのひとつの例が、食事制限。彼はとても筋肉の付きやすい体をしていますから、動物性のタンパク質、つまり牛肉はほとんど食べないんです。タンパク質は、魚から取るようにしている。五輪で金メダルを取るという頂点を知っているからこそ、自分がもっと努力をしないとすぐに追いつかれてしまう、ということも彼は分かっているんですよね。
 そうやって、自分がストイックに取り組んできたことが、最後には「こうしてきたから負けないんだ」という自信になって、最後の最後の勝負で表れるのかなと思っています。

 だから、今の選手たちにも何かストロングポイントを持っておくこと。自分のなかにぶれない柱を持っておいてほしいと思っています。そうすれば、たとえ記録が伸びなくて不安に襲われてスランプに陥ってしまっても、必ず這い上がってこられるはずです。
 自分は水泳が好きで、五輪という最高峰の舞台で戦いたいという気持ち。そのために、自分がこれに取り組んできたんだ、というストロングポイント。これらを自信にして結果につなげるには、地道な努力が必要である、ということです。そして、この努力が周囲の人たちを味方につけることにもつながる。
 こういうことを私は選手に継承していきたいですし、それが自分の役割なんじゃないかなと思っています。

2/2ページ

著者プロフィール

1980年、兵庫県生まれ。バタフライの選手として全国大会で数々の入賞、優勝を経験し、現役最高成績は日本ランキング4位、世界ランキング47位。この経験を生かして『月刊SWIM』編集部に所属し、多くの特集や連載記事、大会リポート、インタビュー記事、ハウツーDVDの作成などを手がける。2013年からフリーランスのエディター・ライターとして活動を開始。水泳の知識とアスリート経験を生かした幅広いテーマで水泳を中心に取材・執筆を行っている。

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント