完全アウェーで勝利をつかんだ伊藤雅雪 瀬戸際でつかんだアメリカンドリーム
作戦通りのボクシングで相手を圧倒
陣営の作戦を確実に遂行した伊藤。経験に不安があった相手に対して、しっかりと上回って見せた 【Getty Images】
ただ……この日ばかりはディアスの敗因について語るより、まず何よりも伊藤を褒めるべきなのだろう。
「(ループ気味の右パンチは)作戦通りでビックリした。あれが当たると言われてたんで、あのフックはずっと練習していたし、くっついて接近戦をやろうという話をしていたんで、本当に見事にハマって」
勝負を分けるポイントの1つとなった多彩な角度の右パンチについて聞くと、伊藤はルディ・ヘルナンデス、岡部大介トレーナーへの感謝の言葉を盛んに繰り返した。しかし、陣営が考案した作戦がいくら上質でも、リング上で実際に遂行するのは簡単なことではない。満員のファンがディアスの一挙一動に大歓声を挙げる完全アウェーの状況下では、なおさらである。
こうして初の大舞台でも存分に力が出せた背景に、3、4年前からロサンゼルスでの修行を繰り返してきた経験があったことは間違いない。2015年に日本タイトル戦で敗れた後には引退も考えたという伊藤は、その後、新大陸にわたって確実に力をつけた。そして、米国デビュー戦でいきなり地元ファンを喜ばせる試合を見せた新王者の行く手には、まぎれもなく明るい未来が広がっている。
今後は他団体の王者との戦いも視野に
日本人選手としては37年ぶりとなる米国の地での世界王座奪取劇は、伊藤にとってアメリカンドリームの序章となる 【Getty Images】
試合後、トップランク社のボブ・アラム・プロモーターからも祝福され、そんなメッセージを送られていた。甘いマスクの日本人ファイターは、さまざまな意味でTVフレンドリー(=視聴者に好まれる)。最近の米国内ではストリーミングの新興行シリーズが増えていることもあり、実力とスター性を秘めた海外の選手がこれまで以上に注目されている。この日にその両方を証明した伊藤にも、米リングから声がかかることはあり得るのだろう。
「夢の中なんで、まだ。とにかくやっぱ米国でもやりたいですし、でも日本で、みなさんの前でも僕のこの姿を見てほしいというのもあります。(帝拳ジムの)本田会長、(伴流ジムの)団会長にお任せしていい試合を組んでいただけたら。トップランクのみなさんにもいい試合を組んでいただけたらと思います」
夢を叶えたばかりの新王者は、そう語ってはじけるような笑顔を見せた。そして、今後の対戦相手候補として同じ階級のミゲル・ベルチェルト(メキシコ)、ジャーボンタ・デイビス(米国)、アルベルト・マチャド(プエルトリコ)といった対立王者の名前を出されると、さらに目を輝かせた。
「いや、もうやりたいですね、ラスベガス、そしたら最高ですね。もう今からわくわくしてます」
近い将来、そんな同階級のビッグネームたちとの対戦が本当に具体化するかは分からない。しかし、初のタイトル戦で力を証明し、すでに米国リング再登場の話ができているという時点で、伊藤の人生はおそらく変わった。日本人選手としては実に37年ぶりの米国での世界王座奪取という快挙を成し遂げた好漢は、ここで現代版のアメリカンドリームの体現者となったのである。