相撲ファンに響く嘉風の生きざま 13連敗中も変化に逃げず「ぶれたくない」

荒井太郎

「0勝15敗」が迫っても悲壮感なし

御嶽海の初優勝に湧いた7月場所。一方で初日から連敗が続いた嘉風(左)にも、場内からは大きな声援が送られた 【写真は共同】

 関脇御嶽海が初日から破竹の勢いで連勝を重ねていき、ファンの注目を日に日に浴びていった一方で、優勝戦線とは全く真逆の方向に突き進んでいった嘉風も、初日から連敗が止まらなかったにもかかわらず、優勝した御嶽海と同様、連日、大声援をもらっていた。

 10連敗したあたりから、取組後の嘉風を取り囲む報道陣の輪が次第に大きくなっていった。記者として負け力士の談話を取るのは、それなりに気を使うもの。黒星の中にもよかった点を見つけ出し、そこを糸口として話を広げていくのもひとつの手法だ。

 ほとんどの力士にとって、負けた直後に根掘り葉掘り聞かれるのは気分のいいものではないだろう。できれば、何も話したくないと思っているに違いない。それでも口を開くのは、プロとしての務めと認識しているからであろう。もちろん、無言を貫くケースも少なくない。それはそれで心情が痛いほど、こちらにも伝わってくる。

 特に初日から黒星続きでなかなか初白星が出ないとなると、日を重ねるごとにその場の空気は重苦しくなっていく。力士の声を聞くのが相撲記者の仕事とはいえ、そうなってくると第一声に最もふさわしい言葉を探し出そうと逡巡するあまり、しばらく気まずい沈黙が続くこともある。

 しかし、初日から勝ち星なしで終盤戦に突入しても、嘉風はそんな雰囲気を微塵(みじん)も醸し出すことはなかった。15戦全敗という不名誉な記録に刻一刻、近づいていた状況にもかかわらず「お客さんの声援に応える相撲が取れないのが悔しい。でも、精いっぱいやった結果なんで。現時点でやれることを全てやろうと思って、ここまでしかできないのだから仕方がない」と前を向いた。

 勝っても負けてもファンが思わず拍手を送りたくなる、内容の濃い相撲を取り切ることを身上としている男ならでは、である。いかなる状況でも揺らぐことのない信念。自身の相撲人生における価値観が、ガラリと変わるきっかけとなった一番がある。

ベテランになり気付いた「勝ち負けより大切なこと」

 今から5年前の平成25年11月場所8日目、この日は地元の大分県佐伯市から大挙して応援団が駆けつけていた。前場所は右手骨折のため途中休場。手術明けのこの場所も2勝5敗と苦しい星勘定だった。

「星も上がってなかったし、勝つところも見せたかったし、いろいろ弱気になる要素がたくさんあって」と旭日松に対し、立ち合いで変化したが、効果なく最後は押し出されてしまった。応援団とともに観戦に訪れていた母親に、申し訳ない気持ちも込めて「応援、ありがとう」と帰りの道すがら、ラインを送ると程なくして返信が返ってきた。

「私たちは(休場で)見られないと思っていた。姿を見られただけでうれしかった。土俵に上がってくれてありがとう」

 文面を読みながら、立ち合い変化という弱気な選択をした自分を大いに恥じた。「せっかくみんなが見に来てくれたのに、俺は小さなことにとらわれ過ぎていた。あれで本当に変わりました。勝ち負けよりも大切なことがあるんだって」。

 この場所は後半で盛り返して勝ち越すと、翌場所から2場所連続で10勝をマークし、新三役の座も手に入れた。三賞や金星を量産していくのもちょうどこのころからで、年齢も32歳になっていた。

 同時期、メンタルトレーナーから「できることをやらず、楽しくて始めたはずの相撲が楽しくないのはおかしい。まずは自分自身と向き合うことから始めないか」と助言をもらった。結果にかかわらず、できることを全て出し切ることだけに集中するようになると、勝ち負けの呪縛から自身を解き放つことができた。すると横綱に勝っても以前のように喜びを爆発させることもなければ、負けても気分が落ち込むこともなくなった。

 全敗まであと2つに迫った7月場所も「じゃんけんで13回続けて負けただけ。じゃんけんで負けた理由なんて、いくら考えても分からないじゃないですか」と言い切った。

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著者プロフィール

1967年東京都生まれ。早稲田大学卒業後、百貨店勤務を経てフリーライターに転身。相撲ジャーナリストとして専門誌に寄稿、連載。およびテレビ出演、コメント提供多数。著書に『歴史ポケットスポーツ新聞 相撲』『歴史ポケットスポーツ新聞 プロレス』『東京六大学野球史』『大相撲事件史』『大相撲あるある』など。『大相撲八百長批判を嗤う』では著者の玉木正之氏と対談。雑誌『相撲ファン』で監修を務める。

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