監督交代後の今治に見いだした希望 新たな方向性での価値ある勝利

宇都宮徹壱

W杯とJFLの取材に違和感を覚えない理由

JFL100試合を達成した山田貴文(右)と岡田武史オーナー。この1カ月は重大な決断の連続であった 【宇都宮徹壱】

 ロシアでのワールドカップ(W杯)取材から帰国して、最初に向かった国内の現場はJFLだった。セカンドステージ第3節、FC今治vs.奈良クラブ。J3ライセンスを持つクラブ同士の対戦で、試合前のセカンドステージ第2節終了時の順位は今治が5位、奈良が10位となっている。モスクワのルジニキ・スタジアムで、フランスとクロアチアによるファイナルを取材して、その1週間後に国内の4部リーグの取材。親しい友人からは「本当に幅広いですね」と感心される一方で、「あまりのギャップぶりに嫌になりませんか?」と聞かれることはある。そりゃあ、もちろんギャップはある。けれども、それが嫌に感じられたことは一度もない。

 W杯であれ、JFLであれ(さらにその下のカテゴリーであれ)、同じサッカーであることに変わりはない。もちろん、競技レベルに大きな差があるのは事実だが、ゴールの瞬間や勝敗の明暗に感じる感動に、カテゴリーの差はないと思っている。それからもうひとつ断言できるのは、フットボールの世界は国やカテゴリーにかかわらず、どこかで必ず「つながっている」ということだ。2010年の南アフリカ大会でスペインが披露した圧倒的なポゼッションサッカー、そして4年後のブラジル大会で主流となった縦に速いサッカー。そうしたトレンドは、日本の下部リーグにもうっすらと影響を見て取ることができる。

 そもそも元日本代表監督の岡田武史氏が、FC今治のオーナーになることを決断したのも、4年前のW杯が大きな影響を及ぼしている。アルベルト・ザッケローニ監督率いる、当時の日本代表がブラジルで惨敗を喫した時、「もはやポゼッションサッカーの時代は終わった」という論調が日本でも支配的となっていた。そんな中、「本当にそうなのだろうか?」という岡田氏の問題提起が契機となり、今治における壮大な実験がスタートしたという経緯がある。もし、あの大会で日本代表が成果を出していたら、岡田氏が「地方クラブのオーナーになって日本サッカー界に変革を起こそう」とは思わなかったかもしれない。

 あれから4年が経過した。その間、今治は四国リーグから全国リーグにステップアップしたものの、2年目のJFLでは苦しい戦いを続けている。そして6月24日、ラインメール青森とのホームゲームに2−3で敗れたことで、それまでチームを率いていた吉武博文監督は、27日に退任(事実上の解任)。吉武監督にとって最後の試合となった24日は、エカテリンブルクで日本対セネガルの試合が行われており、岡田オーナーはNHKのBSで解説を担当していた。メディアセンターでお会いした際は、笑顔で手を振ってくれたのだが、内心ではいろいろと葛藤を抱えていたものと察する。結局、ファーストステージの今治は7位に終わった。

W杯期間中、今治に何が起こっていたのか?

吉武博文前監督からチームを受け継いだ工藤直人監督。指揮官の交代でチームはどう変化したのだろうか 【宇都宮徹壱】

 日本各地で猛暑による被害が報じられる中、この日の夢スタ(ありがとうサービス.夢スタジアム)での試合は、いつもの13時ではなく16時キックオフとなった。試合まで少し時間があったので、今治サポーター3人に集まってもらい、近くのイオンモールにてグループインタビューをさせてもらうことにした。私が最後に今治の試合を取材したのは、5月26日の天皇杯1回戦(対FC琉球戦)。その後、チームにどんな変化が起こっていたのか、ピッチ内外の情報をキャッチアップするのが目的である。まずは、7月15日に行われた、直近のヴィアティン三重戦(2−2)について。

「この間のヴィアティン戦は、前半は今治らしい、いいところが出ていました。けれど、後半に2点目が入ってからは足が止まってしまって、ずっと押し込まれる展開でしたね。最後の最後に同点に追いつかれて2−2の引き分け。今年もホームの勝率が悪いんですよ。何とか工藤(直人)監督にホーム初勝利を挙げてほしいんですが」

 サポーターに話を聞くと、吉武監督の解任は「大いにあり得る」と思う人もいれば、「少なくともファーストステージまでは指揮を執るだろう」と考える人もいたようだ。とはいえ、工藤コーチの内部昇格を予想した人は、ほとんどいなかったらしい。では、この監督交代で、どんな変化がチームにもたらされたのだろうか。

「吉武さんのサッカーは、ポゼッションで相手を圧倒することが第一でしたが、工藤さんになってから相手に応じたサッカーをするようになりましたね。あとは状況に応じて、クロスからダイレクトで狙うような、効率的にゴールを狙う意図が練習からも感じられます。ただしクロスの精度は悪いし、守備の時も中盤でブロックが作れていない。吉武さんのサッカーに合う選手しか集めていなかったから、仕方がないんだけれど」

 そのあたりについては、今日の奈良戦を見ながら確認することにしよう。一方で気になるのが、ホームで勝てない試合が続く中での、地元のライトファンの反応である。集客面でも苦戦が続いていることについて、こんな厳しい意見が発せられた。

「最近はずっとホームは2000人台ですね。クラブは『毎試合4000人』という目標を掲げていますけれど、とてもそこまで達してない。お客さんは固定化された印象はあります。集客をアップさせるんだったら、地域とクラブとサポーターがもっと掛け合わせないと難しいですよね。いつも言っていることですけれど、クラブ側はもっとサポーターに頼っていいと思うんですよ。でも、なかなかできていない。それが残念です」

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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