監督交代後の今治に見いだした希望 新たな方向性での価値ある勝利

宇都宮徹壱

理想的な形で先制ゴールを挙げた今治

試合が動いたのは前半4分。金子雄祐(5番)が左足をダイレクトで振り切り、今治が先制点を挙げる 【宇都宮徹壱】

 選手が入場し、それぞれ集合写真を撮影してから、両チームの監督の表情を確認する。奈良の薩川了洋監督は、今季が2年目。かつてはAC長野パルセイロ、FC琉球、SC相模原を率いており、JFLやJ3のカテゴリーではおなじみの指揮官だ。「奈良は盆地だし、ウチはいつも人工芝で練習しているからね。ぜんぜん暑いとは思わない。『へえ、今治はもう秋なんだ』って思ったよ(笑)」と、独特な言い回しで楽しませてくれる。一方、今治の工藤監督は地元西条市出身の36歳。今治で現役を終えると、U−15の監督を経てトップチームのコーチとなり、先月28日から現職。今日はどんな采配を見せるのだろうか。

 試合は序盤から動いた。前半4分、セットプレーから右サイドバックの山田貴文がドリブルで持ち上がり、そのままペナルティーエリアまで侵入して低いクロスを供給。いったんは相手DFにカットされるも、セカンドボールをアンカーの金子雄祐が左足で直接振り切り、ボールはそのまま奈良ゴールに吸い込まれていく。「立ち上がりでいいボールが転がってきたので、力を入れず振り抜きました」とは当人の弁。一方、この試合のライブ配信を解説していた岡田オーナーは「金子の左足のミドルなんて見たことない」と驚きを隠せない。いずれにせよ今治は、理想的な形で先制することができた。

 工藤監督によれば、この日の今治は「ボールが自陣にある時は相手を見ながらプレーし、相手陣内にあるときはアグレッシブにいく」というスタンスで試合に臨んだ。確かに序盤のゴールシーンは、山田が何人も相手を抜き去る強引なドリブルが起点になっており、吉武監督時代にはあまり見られなかったシーンであった。その後も今治は、両ワイドからの崩しやミドルレンジからのシュートでチャンスを作るも、追加点を奪うには至らず。30分を過ぎたあたりからは自陣でパス回しをする時間が多くなる。結局、12本のシュートを放ったものの(奈良は2本)、前半は今治の1点リードで終了する。

 後半は暑さに慣れている奈良が、持ち前の運動量を駆使して多くの時間帯で主導権を握った。そして後半21分には、191センチの長身FWハン・スンヒョンを投入。今治は守備に人数を割くこととなり、中盤でボールを奪う回数は極端に減っていった。そんな中、チームを救ったのが後半25分の飲水タイム。その時に「相手の裏にボールを蹴りながら、逃げ切りを図る」という意思統一がなされたという。結果、カウンターを狙いながらの守備固めという、これまた吉武監督時代には見られなかった戦術を徹底。6分ものアディショナルタイムもしのぎ切り、今治は工藤体制となって初となるホームでの勝利を挙げた。

薩川監督が言及した「吉武さんがずっとやってきたこと」

奈良クラブの薩川了洋監督。同点に追いつけなかった理由について「基本技術で劣っていた」と語った 【宇都宮徹壱】

「ウチは勝ち点3を落として、今治は勝ち点3を得た。どちらにとっても大きいよね」──。試合後の会見での、薩川監督のこのコメントがすべてを言い表していると言えよう。勝ち点3を手にした今治は、セカンドステージ3位に浮上し、奈良は12位に沈んだ。年間順位でも、今治は4位に3ポイント差の5位となり、J3昇格に向けて再び期待が膨らむ状況にまで持ち直した。その意味でも、極めて大きな勝利だったと言えよう。敗戦の将は、いつものさばさばした口調で、こう続ける。

「相手の運動量が後半に落ちるのは分かっていた。それでもウチが追いつけなかったのは、最後の決定力が足りていなかったから。個人的なスキルは相手の方が上。止めて蹴る。そういった基本技術は、ウチのほうが劣っていたね」

 一方で気になっていたのが、吉武時代と工藤時代の今治の違いを、対戦相手としてどう見ていたか、である。私が質問すると、「そんなに変わってないよね(笑)」とはぐらかしながらも「吉武さんがずっとやってきたことが、数週間で変わるものではないでしょう。そこに新しい監督(の要素)がプラスアルファされると思いますよ」と答えてくれた。ここで言う「吉武さんがずっとやってきたこと」とは、単にポゼッションだけではなく、それこそ「止めて蹴る」という基本技術も含まれていたと考えるべきであろう。一方、この試合でキャプテンマークを巻いた楠美圭史は、試合後にこう語っている。

「今までは、ボールを後ろから大事につないでいく感じでしたけれど、工藤監督になってからは縦に速いサッカーもするようになりましたね。練習でも、守備により時間を割くようになって、それが今日の結果にも出たんじゃないかと。これまでのいい部分は残しながら、良くなかった部分は改善できればと思います」

 前任者が残した良い部分を残しながら、良くなかった部分を改善することで、結果を残す。ある意味、今回のW杯における日本代表のようではないか! もちろん、今治は現時点では何も手にしてはいないし、J3昇格に向けて超えなければならないハードルはいくらでもある。それでも、監督解任による混沌とした状態から脱却するきっかけをつかんだのが、この奈良戦だったようにも感じられた。しばらく国内の現場を留守にしていたが、これから佳境に向かっていく各カテゴリーのドラマに、再び視線を振り向けることにしたい。4年に一度のお祭りとは違った意味で、JFLの戦いも熱い。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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