ネイマールを批判し、嘲笑する風潮の是非 ブラジルでは少ない“過剰演技”への批判

沢田啓明

“ピエロ”の烙印を押されたスーパースター

ネイマールの“過剰演技”に対して批判が集まっている 【Getty Images】

 今回のワールドカップ(W杯)における話題の1つが、ブラジル代表エースの“過剰演技”に対する批判と嘲笑だった。世界フットボール史上、スーパースターがこれほど短期間に“ピエロ”に転落した例はあるまい。

 コーチが「ネイマール!」と叫ぶと、ドリブルの練習をしていた子どもたちが一斉に倒れ、うめきながらのたうち回る。ピッチでタックルを受けたネイマールがゴロゴロ転がり、高速道路へ飛び出し、一般道路へ入って歩行者をなぎ倒す。子犬が飼い主の「ネイマール!」の掛け声に反応して地面を転げる……。世界中で彼をあざける動画が作られ、インターネットで拡散された。

 フットボール界でも、元イングランド代表FWアラン・シアラーが「転げながら苦悶する姿は全くの茶番」と糾弾すれば、元オランダ代表FWで現在はFIFA(国際サッカー連盟)のテクニカル・ディレクターを務めるマルコ・ファン・バステンも「良い振る舞いではない」と批判。一方、元ブラジル代表FWのロナウドは「現役時代、自分も多くの暴力的なファウルを受けて苦しんだ。審判は優れた選手を適切に守っていない」と擁護する。

 多くの動画のせいで、ネイマールはW杯のすべての試合でのべつ幕なしにシミュレーションやダイビングをしたと思っている人がいるかもしれない。しかし、それは事実ではない。

開幕当初は堅実なプレーも……

グループリーグ最初のスイス戦から、ネイマールは相手の厳しいマークに悩まされた 【Getty Images】

 グループリーグ最初のスイス戦でネイマールは10のファウルを受け、うち3つは暴力的でイエローカードが出された。2月末に骨折した右足首を何度も蹴られたが、この試合ではシミュレーションの類いは一切していない。ただし、プレー内容は今ひとつで、試合は1−1の引き分け。右足を引きずりながらピッチを後にした。

 続くコスタリカ戦も、前半は普通にプレーしていた。しかし、後半33分、ペナルティーエリア内でパスを受け、DFと交錯して倒れた。主審は一度はPKを与えたが、VAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)で確認して取り消す。DFが接触したのは事実だが、倒れるほどではなかったと判断された。主審は欺けても、VARはだませなかった。これが「ネイマール劇場」の幕開けだった。この試合では、アディショナルタイムに右からのクロスを左足で合わせて得点し、チームの2−0の勝利に貢献した。

 そして、グループリーグ第3戦のセルビア戦で問題の“過剰演技”が生まれる。前半32分、左タッチライン沿いで後方からのフィードを追った際、追走していたセルビアのMFアデム・リャイッチのタックルを受けて倒れた。苦悶の表情を浮かべ、10メートル以上にわたって5回転。これは完全な反則で、イエローカードも出たのだが、これほど痛がる必要はなかった。この試合ではゴールに直結する働きはできなかったが、チームは2−0で勝ってグループリーグの首位突破を決めた。

“過剰演技”と明らかなシミュレーション

準々決勝のベルギー戦では、明らかなシミュレーションで(8番)フェライニが激高した 【Getty Images】

「ネイマール劇場」がクライマックスを迎えたのは、決勝トーナメント1回戦のメキシコ戦だ。序盤から厳しいマークや挑発を受け、いら立ちが隠せないネイマールは後半26分、左タッチライン沿いでGKからのロングフィードを受けようとしたが、背後からメキシコのMFミゲル・ラジュンに押されて倒れ、ボールはタッチラインを割る。

 その際、ラジュンが倒れているネイマールの両足の間にあったボールを拾い上げようとして右足首を軽く踏んだ。すると、ネイマールはまるで稲妻にでも打たれたように激しくのたうち回った。このシーンが、“過剰演技”の決定版として世界中に広まったのである。主審はラジュンに何の処罰も与えず、メキシコのスローインで試合は再開。とはいえ、この試合のネイマールは素晴らしい出来で、1得点1アシストを記録して勝利の立役者となっている。

 準々決勝のベルギー戦では、後半8分、ペナルティーエリア内でベルギーのMFマルアヌ・フェライニに後ろから押されたような素振りで倒れた。しかし、フェライニは全く触れておらず、激高してネイマールに詰め寄る。明らかなシミュレーションで、主審はセレソンの背番号10のアピールを黙殺。この試合では厳しいマークを受けて本来のプレーができず、セレソンは1−2で敗れ去った。

 試合の翌日、ネイマールは自身のインスタグラムに「この敗退は、これまでのキャリアで最も悲しい出来事だ。またプレーする意欲を取り戻せるかどうか」という悲痛なコメントを残した。彼の親しい友人によれば、大勢の人々からの批判と嘲笑にもひどく傷ついているそうだ。

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著者プロフィール

1955年山口県生まれ。上智大学外国語学部仏語学科卒。3年間の会社勤めの後、サハラ砂漠の天然ガス・パイプライン敷設現場で仏語通訳に従事。その資金で1986年W杯メキシコ大会を現地観戦し、人生観が変わる。「日々、フットボールを呼吸し、咀嚼したい」と考え、同年末、ブラジル・サンパウロへ。フットボール・ジャーナリストとして日本の専門誌、新聞などへ寄稿。著書に「マラカナンの悲劇」(新潮社)、「情熱のブラジルサッカー」(平凡社新書)などがある。

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