ネイマールを批判し、嘲笑する風潮の是非 ブラジルでは少ない“過剰演技”への批判

沢田啓明

無視できない努力と苦悩

セレソンのエースが背負う重責は計り知れない 【Getty Images】

 圧倒的なスピード、驚異的なテクニック、そして大胆不敵なトリック――。この26歳の若者が傑出した才能の持ち主であるのは疑いの余地がない。にもかかわらず、彼はなぜあんな振る舞いをしたのか。

 考えられるのは、この大会で彼が置かれた状況だ。2月末のクラブの試合で右足首を骨折し、3月初めに手術を行ない、3カ月半におよぶリハビリを経てW杯の舞台に立った。しかし、体調は万全ではなかった。その一方で、優勝を期待されるセレソンのエースとしての重責がある。それが「ファウルを受けたくない」、さらには「楽をしてPKをもらいたい」という気持ちを招いたのではないか。

 彼が懸命な努力を重ねて故障を克服し、W杯のピッチに立ったのは事実だ。ブラジル代表のチッチ監督は、「彼がロシアでプレーするためにどれほどの困難を乗り越えてきたか、ほとんどの人は想像もつかないだろう」と語る。ネイマールの努力と苦悩を無視していたずらに批判し、嘲笑するのはフェアとは思えない。

批判や嘲笑の多くは欧州発

ネイマールは今後、言動を改めていく必要があるのではないだろうか 【Getty Images】

 とはいえ、彼はなぜかくも残酷な扱いを受けたのか。

 それには、いくつかの理由が挙げられるだろう。まず、普段から自分のテクニックをひけらかすようなプレーが多く、対戦相手から嫌われていた。 

 サントスの下部組織育ちだが、代理人を務める父親がバルセロナから不正に巨額の金を受け取って移籍させ、サントスを激怒させた。そして、バルセロナを裏切る格好でパリ・サンジェルマンへ移籍し、にもかかわらず最初のシーズンも終えないうちにレアル・マドリードへの移籍が取りざたされるなど、クラブとサポーターへの忠誠心に欠ける。それゆえ、何が起きても応援してくれる味方が少ない。

 また、自身のインスタグラムで豪華ヨット、プライベートジェット、若手人気女優との恋愛といった華麗な私生活を必要以上に露出し、人々の反感を買っている。ブラジルでは、以前から「家族や周囲の人間から甘やかされて育ち、26歳になっても子どものまま」という声があった。

 その一方で、欧米と南米の文化的な相違も見え隠れする。欧州では、審判をあざむこうとするシミュレーションやダイビングを「卑劣極まりない行為」と捉える。W杯期間中の彼に対する批判や嘲笑の多くは欧州発だ。しかし、南米では審判の判定を自分たちに有利に導くのもフットボールの一部、という考え方がある。ブラジル国内では、W杯での彼のプレー内容を「物足りない」と批判する声は多いが、“過剰演技”への拒絶反応はそれほどない。

 このような状況で、今後、ネイマールはどうすべきなのか。

 個人的には、これらの批判を謙虚に受け止め、言動を改めていく必要があると考える。必要以上に私生活を露出するのをやめ、父親から精神的に自立し、自らの人生とフットボールにきちんと向き合う必要があるのではないか。そのことが、今後、ネイマールがクラブでも代表でもさらに大きな成功を収めるための道筋だろうと考えている。

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著者プロフィール

1955年山口県生まれ。上智大学外国語学部仏語学科卒。3年間の会社勤めの後、サハラ砂漠の天然ガス・パイプライン敷設現場で仏語通訳に従事。その資金で1986年W杯メキシコ大会を現地観戦し、人生観が変わる。「日々、フットボールを呼吸し、咀嚼したい」と考え、同年末、ブラジル・サンパウロへ。フットボール・ジャーナリストとして日本の専門誌、新聞などへ寄稿。著書に「マラカナンの悲劇」(新潮社)、「情熱のブラジルサッカー」(平凡社新書)などがある。

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