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C・ロナウドとポルトガル代表の15年間
不完全燃焼のW杯、今後の去就は?

ロナウド最後のW杯?

ロシアでのW杯は「ロナウドの大会」にはならなかった
ロシアでのW杯は「ロナウドの大会」にはならなかった【写真:ロイター/アフロ】

「クリスティアーノ・ロナウドの大会」


 現在、ロシアで開催されている2018年ワールドカップ(W杯)が大会後にそう呼ばれるようになると予想したサッカーファンは、世界に少なくなかったに違いない。実際、6月15日(現地時間、以下同)に行われたグループBの初戦対スペインとのゲームでハットトリックを演じて見せた時には、彼のファンならずとも、「ロナウドのW杯」の開幕を予感したのではないか? 試合終了直前、全身全霊を込めたフリーキックを決めた瞬間、誰もがその能力の高さにあらためて驚いたはずである。


 続く20日、第2戦の対モロッコとの試合も、開始4分にロナウドが押し込んだヘディングシュートがそのまま決勝点となると、大会の主役が誰なのか明らかになりそうであった。ロナウドは役者が違う……。だが一方で、ポルトガル代表チームが抱える慢性的な問題、すなわち「ロナウド依存症」がまたしても露呈し始めたように思えたのも事実。16年夏、ポルトガルが欧州王者に輝いたときには最後まで機能した「最後はとにかくロナウド・システム」の限界が見え隠れしていたのである。


 同じ場所に二度雷は落ちない、つまり柳の下にドジョウは二匹はいない。目の前にゴールまでのルートが開かれているのに、ポルトガルのアタッカーがロナウドを探すためにドリブルを止めるシーンはやはりまともではないだろう。


 25日のイランとの第3戦は、リカルド・クアレスマの職人技――「トリベーラ」と呼ばれる右足のアウトサイドキックによるゴールで辛うじて引き分け。ロナウドは不発に終わった。今にして思えば、終了間際イランに同点弾を許したのは思いのほか、痛かったのではないか? トーナメント戦では試合巧者のウルグアイより、開催国ロシアの方がポルトガルにとってはくみしやすい相手ではなかっただろうか。


 30日に行われた決勝トーナメント1回戦、ロナウドを囮(おとり)にして背後に走り込んだぺぺが頭で決める作戦は一度はハマったものの、ロナウドは無得点。ルイス・スアレス−エディソン・カバーニの強力2トップを前に、ポルトガル代表は敗れ去ったのである。


 今回の期待外れの結果を受けて、ポルトガルの地元メディアは守備陣などの世代交代の必要を訴えている。だがロナウドも既に33歳。現時点で去就は明らかにされていないが、次のユーロ(欧州選手権)2020は行けても、W杯はロシアが最後になるのではないか? 不完全燃焼なのが残念だが、「ロナウドの大会」は「(不本意な)ロナウド最後のW杯」となるのかもしれない。

03年に始まったポルトガル代表での戦い

代表デビューは03年。ユーロ04決勝で敗れ、ピッチに座り込み涙した
代表デビューは03年。ユーロ04決勝で敗れ、ピッチに座り込み涙した【写真:Action Images/アフロ】

 ロナウドは体調管理に人一倍気を遣い、ルックスも若々しいのでベテランという言葉があまり似合わないが、代表デビューはかなり前で03年8月にさかのぼる。1年後に控えた自国開催のユーロ04の準備のための親善試合。監督はブラジルの名将ルイス・フェリペ・スコラーリ。チームの主役はルイス・フィーゴ、マヌエル・ルイ・コスタ、デコらであった。ロナウドの背番号は「17」。スタンドを埋めた8000人のサポータのうち何人が、途中出場した若者がここまで成長すると予想しただろうか?


 ロナウドの代表初ゴールはそのユーロの初戦、ギリシャとのゲームであった。あいにくポルトガルは1−2で敗戦。決勝でも繰り返されたこの組み合わせはやはりギリシャの勝利。ピッチに座り込み涙するロナウドの姿を覚えているファンも多いだろう。


 06年のW杯はポルトガルにとり良い記憶である。1966年大会以来、2度目の準決勝進出。フランスに屈し、3位決定戦では地元ドイツに敗れたものの、国民には大きな喜びとなった。ただし、ロナウド個人にとってはどうなのだろう。W杯初ゴールを決めたのは良い。しかし……今では懐かしい出来事だが、準々決勝のイングランド戦、マンチェスター・ユナイテッドの当時のチームメート、ウェイン・ルーニーの退場後、ベンチに送ったウインクは物議を醸すことになった。この時、ロナウドはレアル・マドリーへの移籍を真剣に検討したと思われる。


 ユーロ08ではロナウドは本大会で1ゴールを決めたのみ。チームも準々決勝でドイツに敗れ、長く続いたスコラーリの時代も終わりを迎えた。

市之瀬敦
1961年、埼玉県生まれ。上智大学外国語学部ポルトガル語学科教授。『ダイヤモンド・サッカー』によって洗礼を受けた後、留学先で出会った、美しいけれど、どこか悲しいポルトガル・サッカーの虜となる。好きなチームはベンフィカ・リスボン、リバプール、浦和レッズなど。なぜか赤いユニホームを着るクラブが多い。サッカー関連の代表著書に『ポルトガル・サッカー物語』(社会評論社)。『砂糖をまぶしたパス ポルトガル語のフットボール』。『ポルトガル語のしくみ』(同)。近著に『ポルトガル 革命のコントラスト カーネーションとサラザール』(ぎょうせい)

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