ベルギーの戦術変更に、日本は対応できず 戸田和幸が感じたプランBの必要性
ベルギーを追い詰めながらも逆転負けを喫した日本。何が足りなかったのだろうか? 【写真:長田洋平/アフロスポーツ】
日本は会場の空気、強国の顔色、世界の評価を変えた
ロメル・ルカク、エデン・アザール、ケビン・デ・ブライネ、バンサン・コンパニ、ティボー・クルトワといったワールドクラスの選手を各ラインにそろえ、優勝候補の1つにも数えられていたFIFA(国際サッカー連盟)ランキング3位(2018年6月7日付)のベルギーを、大いに慌てさせ、本気にさせ、優勝を目標とする強国を追い詰めました。
一時は2−0までリードを広げたものの、ロベルト・マルティネス監督が2枚同時に交代カードを切ったところから、試合は新たなものとなりました。全てを投じて襲い掛かってきた強国にねじ伏せられてしまい、ベスト16の壁を越えることはできず、ロシアを去ることとなりました。
僕はこの試合、ロストフまで応援に駆け付けましたが、急きょFIFAから「両国代表OBをVIPとして招待したい」というお招きを受け、「試合前に両国サポーターに向けてメッセージを」という仕事も併せた依頼を受けることになりました。
VIPの前では日本を代表して参加している者としてふさわしい振る舞いを強く意識し、遠い日本から応援に駆け付けてくれたサポーターに対しては「チームの勝利を信じて最後まで一緒に応援しましょう」というメッセージを伝えさせてもらいました。
劇的な幕切れとなったこの試合の後、多くのVIPの方たちから「日本のサッカーは素晴らしかったですよ」という言葉をかけてもらいました。誰もがベルギーが違いを見せつけるだろうという予想と期待を持って見始めたであろうこの試合で、われわれの代表が見せてくれたサッカーは、会場の空気を変え、強国の顔色を変え、最後には世界の評価を変えたのではないかと思います。
高さ、速さ、うまさがそろっているベルギー
プレーエリアのシェアと各選手の平均ポジション 【データ提供:データスタジアム】
ベルギーは全てのポジションにインターナショナルレベルの選手をそろえつつ、数人のワールドクラスの選手がより一層の存在感を発揮してます。「3−4−2−1」で構えるこのチームの特徴は、攻撃を前面に押し出したプレースタイルにあります。
1トップのルカクにE・アザールとドリース・メルテンスが2シャドーで構え、その1列後ろではデ・ブライネがタクトを振るう。デ・ブライネの横ではアクセル・ビツェルがバランサーとしてサポートし、両ウイングバック(WB)のトーマス・ムニエとヤニック・カラスコは積極的にアタッキングサードまで攻撃に参加してきます。最終ラインには3人の猛者が控えつつ、時には左センターバック(CB)のヤン・ベルトンゲンまでもが攻撃に参加してくるという、常に攻撃で相手をねじ伏せることをモットーとしているチームです。
システムもE・アザールの能力を最大限に発揮させることを一番に考え、ウイングではなく、自由度の高い「シャドー」で起用。時にシャドーとWBがポジションを入れ替える工夫もしながら、大外高めの位置に必ず1枚を置き、内側では2シャドーとルカクが待つのがベルギーの基本的な攻撃の形となります。守備時はE・アザールとルカクが攻め残る形をとり、自陣での守備には関わらせない立ち位置を取らせた、ボールを奪ってからの鋭いカウンターもベルギーの武器の1つです。
高さ、速さ、うまさの全てがそろっているのが、この強国の持つ強みです。
ベルギーのネガティブな3つの要素
左サイドのカラスコは守備に脆さがある。原口や酒井宏がうまく対応していた 【写真:ムツ・カワモリ/アフロ】
全てのポジションに高い能力を持つ選手をそろえるベルギーではありますが、守備面を見てみると、ハイプレスはもちろん、ミドルゾーンに構えたところからの追い出しも積極的には行わないチームです。プレッシングを行いづらい理由として、守備時にも前に残り、奪った後の攻撃に備えていることが多いE・アザールの存在が考えられます。
また、左サイドのカラスコは狙い目で、グループリーグ第2戦のチュニジア戦(5−2)でも内側から簡単にスルーパスを通されてしまい、クロスから2失点目を喫しています。以前はアトレティコ・マドリーでプレーしていたカラスコ(現在は中国スーパーリーグ大連一方所属)は、ドリブルを駆使したアタッカーとして高い能力を見せますが、その反面、自陣での守備時には欧州予選時から脆さを露呈してきた事実があります。
また、チームとしても攻撃から守備への切り替えが遅い傾向があり、強いプレスを受けた時やスペースを消された守備から、素早く攻撃を仕掛けてくる相手を苦手としている傾向があります。ユーロ(欧州選手権)2016で敗れたウェールズ戦(1−3)や、昨年9月の欧州予選で逆転勝ちを収めたギリシャ戦(2−1)で特にその脆さを露呈しています。
日本がベルギーに対して、例えば同じラウンド16でロシアがスペインを相手に見せたような徹底してスペースを消した守備からのカウンターを狙うのは、攻守両面において体格面を考えると難しい。もし今回の代表が、3ラインはコンパクトなままラインを下げ、徹底してスペースを消した守備からのロングカウンターがプレーモデルのチームだったら、今回のような試合の実現はまず不可能だったでしょう。おそらくは攻められ続け、1点も奪うことなく終わっていたと思います。
ひょっとしたら0−1といった僅差のスコアにはできたかもしれませんが、とにかく守ることを優先し、必死の形相で守り、走って、戦ったとしても、僕が数多くのVIPの方たちからいただいた日本サッカーに対する賛辞はなかったと思います。
効果的だった前線の4人による守備
ボールを奪ったエリアのシェア 【データ提供:データスタジアム】
ミドルゾーンに構える大迫勇也と香川真司の巧みなポジショニングからの追い出し。前線の2人の動きに合わせてハーフポジションをとりながら、いざ自分が担当するエリアにボールが入ってきた瞬間、サイドハーフ(SH)の乾貴士と原口元気がスプリントでアプローチを続けました。
香川が「まずは守備から」という言葉を残していたように、この前線の4人による守備での貢献が試合を作り、各試合で多くの時間を有利な状況で戦うことができた大きな理由の1つだったと思います。ベルギーとの試合でも、これまでと同様に守備からリズムを作るという狙いがあったのは間違いなく、キックオフ直後からすぐさまボールを奪いにいく積極性を見せました。
具体的な守備のタスクについては、3バックでビルドアップを行うベルギーに対し、前の2枚(大迫と香川)+SHという形で、中央のデ・ブライネとビツェルへのパスコースを消しながら、外側へと追い出していく守備を実践しました。
序盤は左CBのベルトンゲンに原口が対峙(たいじ)する形が多く、原口が1つ前までアプローチすることにより、瞬間的にフリーとなる左WBのカラスコに対しては、酒井宏樹が縦にスライドすることでしっかりと対応していました。ボールサイドにいるシャドーの選手に対しては、柴崎岳と長谷部誠がケアしつつ、デ・ブライネとビツェルへのパスも大迫や香川が前から挟む形で狙っていたため、ベルギーは快適な立ち上がりを過ごすことはできませんでした。