ベルギーの戦術変更に、日本は対応できず 戸田和幸が感じたプランBの必要性

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2点リードされてから4バックにしたベルギー

2点をリードされたマルティネス監督は後半20分に2枚代え。システムを4バックにした 【写真:ロイター/アフロ】

 それからもう1つ。この試合でのベルギーは2失点目を奪われた後、4バックへと変更します。少なくとも2点は取らなくてはならない展開で、マルティネス監督は後ろに3枚残しておく必要はないと考え、システムを変える決断をしました。

 そして後半20分にはマルアヌ・フェライニとナセル・シャドリの2人を一気に投入し、勝負に出ます。システムを4−2−3−1へと変更した上で右はムニエ、左はシャドリが幅を取り、後ろはコンパニとアルデルワイレルトの2枚を残し、ビツェルをアンカーのポジションに置く。ルカクを頂点に、E・アザール、デ・ブライネ、そしてフェライニが内側で起点となり、「高さ」というもう1つの武器を加えた状態で、日本へさらに圧力をかけてきました。

 日本が失った1失点目はCKのこぼれ球からややアンラッキーな形でのベルトンゲンのヘッドによるゴールでした。ですが、そこに至るまでの展開を振り返ってみると、左から右へと展開され、フリーでボールを持ったアルデルワイレルトからフェライニに縦パスが入ります。フェライニは194センチの大きな体を駆使したポストプレーからムニエへパスすると、速いクロスを入れられます。吉田が素晴らしいポジショニングと判断でルカクのシュートを防いだものの、見事に崩した攻撃からの決定機があり、その後のスローインでフェライニに入ったボールを長谷部が蹴り出したことでベルギーが得たCKから生まれた失点でした。

 ベルギーは自分たちのサッカー、システムの優位性はよく理解しているはずです。4−4−2で、しかも自陣で守ることになった時の日本のウイークポイントが何かについては、当然分析してきていたと思います。日本の素晴らしい2つのゴールにより、一気に窮地に追いやられることとなったベルギーでしたが、ロングボールをルカクやフェライニへと送るパワープレーではなく、彼らが持つロジックに能力とセンスが調和した攻撃は、その後も大いに日本を苦しめることとなりました。

 守備での弱さだけでなくパフォーマンスの上がらなかったカラスコと、高さを使うために犠牲になったメルテンスの2人を諦めるというマルティネス監督の決断が、ベルギーをさらに怖いチームに変えたといえます。

 フェライニはルカクに続く2人目のポストプレーヤーとして、長友と昌子の間に立ち、起点となりながら得意のヘディングで重要な同点ゴールを決めました。シャドリは攻守にアグレッシブな姿勢を示し、ドリブルからのクロスと空中戦の強さで攻撃に迫力を加えました。最後の場面では、70メートルをスプリントで駆け上がり、逆転ゴールを決める活躍を見せました。

ベルギーのシステム変更にどう対応すべきだったのか?

空中戦に強い植田(2番)を投入するなど、対策はできたのではないか 【写真:長田洋平/アフロスポーツ】

 この試合の日本は、本当に良く戦いました。素晴らしい2つのゴールを含め、今時点で彼らにできることは全て実践してくれたと思います。しかし試合を見ながら、または映像を見ながら冷静に試合を振り返った時に、まだできることがあったのではないかという気持ちが残りました。

 敵陣にてボールを奪いにいく守備と、自陣にて受け止めなくてはならない守備の使い分け。これについてどう考えるべきか、時間をかけて考えました。

 例えば、基本のオーガナイズは変えずに、瞬間的に6バックとなったとしても乾と原口はムニエとカラスコに付いて下がって対応する。ただし、こうなった場合は、大迫を前に残すことになるので、3MFとなる両脇のスペースにデ・ブライネやE・アザールがポジションを取り、パスを受ける選択をしてくると思います。

 デ・ブライネは超高精度のアーリークロス、アザールに関しては何でもやってくるでしょう。瞬間的に6枚になった最終ラインから、3MFの脇まで出ていく選手を作ることができないと、アーリークロスやドリブルからのワンツーなどを駆使した突破を狙われる危険性があります。

 もしくは原口を1列下げて5バックにし、その前に柴崎・長谷部・香川・乾の4MFで壁を作って対応する。高い位置取りをするムニエとカラスコに長友と原口が前向きな状態でマークを行い、内側に入って来るシャドーは酒井宏と昌子が捕まえる。

 中盤の4枚は中央を締めながら外に追い出し、1対1となっている大外まで誘導し、可能であれば挟み込む選手を作り、奪いにかかるといった守り方はどうか。または疲れの見えた原口に変え、空中戦に強さを見せる植田直通をCBとしてフェライニに付け、酒井宏を右WBに移すという選択肢も考えられるのではないかと思います。

 全体のバランスと攻撃につなげる守備という視点で考えると、5バックの方が現実的ではないかという個人的な結論に今時点では至っています。シャドーとWBをコントロールする、マークに付くことが難しくなっていた時間がかなりの時間続いていたことを考えると、守備を修正して攻撃につなげていく考えがあってもよかったのではないかと思います。

システム変更は今回のW杯でよく見られた

 こういったトップレベルの試合で重要なことは、必要であれば試合の中で戦い方を変更し、相手が嫌がる攻守を行えることだと考えています。

 ドイツを見事な守備からのカウンターで破ったメキシコ、そのメキシコを完璧に機能不全に陥らせて勝利したスウェーデン。または4−4−2からの発展形で4−3−1−2を採用し、ロシアやポルトガルのビルドアップを高い位置からつぶしにいき、ショートカウンターを繰り出したウルグアイ。マンマークをベースとした守備戦術を用いながらも、試合中に3度オーガナイズを変えて勝利寸前までイングランドを追い詰めたコロンビア。実際に今回のW杯でも、その試合限定の戦術を用いて相手の長所を消しにかかり、試合中にシステムを変更しながら主導権を奪い返しにいくといった戦いが、上に挙げた例を筆頭にいくつも見られました。

 準備期間の短さから、1つ目の形を見つけるところまでしかたどり着けなかったという側面もあったと思いますが、あれだけ強力なベルギー攻撃陣を抑えるためには、やはり最低でももう1つのプランは必要だったと感じました。

 こういった話は確かに「たられば」になってしまうので、すること自体意味のないことかもしれません。しかし、あのベルギーが勝利をつかむために、2人同時に選手交代をし、システム変更したことは事実です。ベルギーが行ったプランBへの変更に対し、日本はこれといった策を講じることができずにひっくり返されてしまった。W杯で勝つためには、やはり細部までさまざまなシチュエーションを想定した準備を行わなくてはならないものなのだということを、あらためてベルギー戦で学んだ気がします。

 フィジカル・テクニック・タクティカルな面での個々人のレベルアップは、引き続き当たり前に重要な事ではあります。チームとして目の前の試合に勝利する目的を達成するためには、やはりチーム単位での戦術変更、最低限プランBは必要だと感じています。

「知識」を磨くことが必要

 柴崎が大会終了後に「知識」「経験」「感覚」をさらに磨かなくては、というコメントを出していましたが、興味深いのはここに「知識」という言葉が入っている点です。スペインでプレーしていることが大きな影響を与えているのではないかと思わせる言葉ですが、感覚に頼り過ぎず、攻守により効果的にプレーするためには、「知識」を獲得することが必須。サッカーを頭で理解し、プレーできれば、それだけ判断の質は上がります。

 サッカーにはロジカルな要素が多分に存在しており、この試合でベルギーが日本に対して「攻撃」面で見せたものも、やはりきちんとしたロジックが存在していました。もちろん日本の守備、そしてボール保持時の全体のポジショニングや、右と比べて弱い左を狙った攻撃にもロジックは存在していたと思います。

 サッカーは時代を経て、科学的トレーニングはもちろんのこと、論理性が非常に重要な要素とされるスポーツに変わってきました。いかに優れた個人を有することができるかだけでなく、その個々人をどう配置し、組み合わせ、適切な役割を与えられるのか。

 試合を戦う上での不確定要素を可能な限り減らし、勝利への確率を高めるためのプランニングを考案する。実際の試合の中で起きている現象に対し、勝利のために改善し、修正するためのプランB、もしくはCといったものが必要な時代に突入しました。代表選手の多くは、ヨーロッパのハイスタンダードな環境にて身体的・技術的なことだけでなく、戦術的にもレベルの高いものを要求される中で凌ぎを削ってきました。

 日本の中盤にはヘタフェのホセ・ボルダレス監督のもと、守備面でも高い要求をされる中でプレーしてきた柴崎と、3バックと中盤の両方を相手との力関係や試合展開に応じて使い分けるニコ・コバチ監督の下で分厚い信頼を勝ち取ってきた長谷部がいた。だからこそ、ビルドアップ、プレッシングの両面において、あれだけのことが表現できるチームになったことは間違いありません。彼らだけでなく、多くの選手が「知識」も携えながら、サッカーを理解できる頭のレベルの高さがあったからこそ、今回のW杯で日本は素晴らしい戦いを見せることができたと考えます。

 この試合2失点目を喫した後、ベルギーは4バックに変更しましたが、その数分後には乾がチーム全体に「4枚に変えた」というメッセージを大きなジェスチャーで伝えていました。ベンチからも指示が出ていたのかもしれませんが、あれだけのテンションでプレーしている選手が、自らが放った素晴らしいミドルシュートで2点のリードに広げた直後に、相手チームが行ってきたシステム変更を即座に察知し、自信をもって味方に伝えていた。その姿を見て、さすがエイバルのホセ・ルイス・メンディリバル監督のもと、高い戦術行動を求められてきた選手だけあると。さすがの戦術眼を発揮した瞬間だったと思いました。

 海外での苛烈な競争の中でハイスタンダードを身に付けた選手が増えたことが、今回の代表チームのパフォーマンスに結び付いたことは間違いない。その選手たちの中にあるものを引き出しつつ、パラグアイ戦で見つけたベストな布陣と戦い方で大会に臨む決断をした西野朗監督のマネジメントも評価されるべきものだと思います。

 惜しむらくは、見つけることができたベースの闘い方に派生する2つ目、願わくば3つ目まで持つことができていれば、という気持ちになりましたが、これだけ準備期間が限られた中では、やはり難しかったということだと思います。

既に次のW杯へのスタートは切られた

日本代表は既に帰国。次のW杯へのスタートは切られている 【写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ】

 日本にとってのW杯ロシア大会は残念ながら終わりましたが、既に次のW杯へのスタートは切られました。この大会についてどういった形での検証が行われ、何を基準に新しい代表監督が選ばれるのか。大会全体を見渡しながら、日本が表現できたことを正しく評価し、また足りなかったことにもしっかりと目を向け、これからの4年間をいかにして歩んでいくかの方向性を定めることが大切になります。

 個人的な見解として、今回日本代表チームが見せてくれたものは非常にポジティブなものだったと考えていますが、それがどこから生まれたものなのか。そしてそれはより多くの集団として共有し、高めていくことが可能なものなのかどうかということを正しく検証し、未来に向けて徹底して議論していくべきだと考えています。

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