28年ぶりの夢の舞台と20年ぶりの勝利 日々是世界杯2018(6月15日)

宇都宮徹壱

モスクワで感じたサポーターの「ある傾向」

ファンフェストに駆けつけたエジプトのサポーターたち。28年ぶりのW杯を心から満喫している 【宇都宮徹壱】

 ワールドカップ(W杯)2日目。この日は開幕戦に続くグループAのもう1試合、エジプト対ウルグアイがエカテリンブルクで、そしてグループBのモロッコ対イランがサンクトペテルブルク、ポルトガル対スペインがソチで行われる。モスクワでは試合がないので、パブリックビューイング(PV)が行われるファンフェストを取材することにしたのだが、その前に言及しておきたいことがある。モスクワ滞在2日目で、現地で見かけるサポーターの「ある傾向」に気が付いたのだ。

 私がモスクワで撮影した、W杯出場国のサポーターを国別に挙げてみる(地元のロシアを除く)。ペルー、コロンビア、アルゼンチン、ブラジル、ウルグアイ、メキシコ、コスタリカ、パナマ、エジプト、チュニジア、モロッコ、イラン、そしてアイスランド。現時点では中南米のサポーターが圧倒的に多く、反対にヨーロッパのサポーターは、3日目にモスクワで試合のあるアイスランド以外はまったく見かけなかった。欧州での大会なのに、欧州のサポーターを見かけない。考えてみれば、実に興味深い現象だ。

 欧州各国のサポーターは、距離的な障壁をあまり感じないので、もしかしたらW杯予選のようにスポットで試合会場に訪れることを考えているのだろうか。あるいはモスクワに滞在することなく、そのまま試合会場に赴いているのかもしれない。いずれにせよ、ここモスクワでは欧州のサポーターの存在感は希薄。逆に中南米やアフリカのサポーターは、モスクワ観光を存分に楽しみながら代表を応援しようという思いが強い。とりわけその傾向が顕著なのが、今回が久々の出場となるペルーやエジプトのサポーターである。

 そんなわけで今回は、7大会ぶりのW杯出場に挑むエジプトサポーターの盛り上がりを確認するべく、モスクワのファンフェスト会場を訪ねてみた。アクセスは、メトロ1号線で(中心街から見て)ルジニキ・スタジアムがあるスポルチーヴナヤ駅から、さらに2つ先のウニベルシテット駅(ロシア語で「大学」の意味)。ここから28番のバスに乗って3つ目の停留所で下車。15分ほど歩くと目的地に到着する。ウニベルシテット駅を降りると、ボランティアスタッフが待機しているので、心配な人はアクセスを確認しておくといいだろう。現地のボランティアは、たいてい英語が通じる。

ウルグアイを最後まで苦しめたエジプト

エジプトの抵抗に苦しみながらも、土壇場での勝利に喜びを爆発させるウルグアイのサポーター 【宇都宮徹壱】

 ファンフェストの会場は、エジプトのサポーターが6割、ウルグアイのサポーターが3割、残り1割はその他、といった配分であった。今回が3大会連続、13回目の出場となるウルグアイは、開催国ロシアに「ポット1」を譲ったが、実力的にはグループ最強である。ルイス・スアレスとエディソン・カバーニの2枚看板は今大会も健在。対するエジプトは、注目のモハメド・サラーがチャンピオンズリーグ決勝での負傷が癒えず、ベンチから試合を見守る。サラーの顔が画面に映し出されるたびに、エジプトサポーターから大歓声が沸き起こった。人気選手にはアンチもつきものだが、サラーはまさに国民的英雄だ。

 15時(現地時間、以下同)キックオフの試合は、予想通りウルグアイが優勢に試合を進めるが、エジプトも決して負けてはいなかった。プレーの精度ではやや劣るものの、デュエルの局面では相手を吹き飛ばしてボールを奪うシーンが何度も見られ、守備では体を張って相手のシュートを弾き返す。パスワークや個人技で振り切られる場面では、守護神のモハメド・エルシェナウィが存在感を示した。後半28分にはスアレスとの1対1の場面を制し、その10分後にはカバーニのボレーシュートをスーパーセーブで阻んだ。43分のカバーニの直接FKも、バーを直撃する幸運に恵まれる。

「もしかしたら」──そんな予感がエジプトのサポーターたちの脳裏をよぎった44分、ついに均衡が破られる。ウルグアイは右サイドの敵陣深くでのFKのチャンスに、途中出場のカルロス・サンチェスが山なりのキックを入れ、これをセンターバックのホセ・ヒメネスが高い打点からネットに突き刺す。すぐさまベンチに駆け寄ったヒメネスの上に、チームメートが幾重にも覆いかぶさった。結局、これが決勝点となり、エジプトは勝ち点0のまま開催国ロシアと対戦することとなった。試合終了後、選手の健闘をたたえる拍手がパラパラと聞かれたものの、多くのエジプトサポーターは余韻に浸ることなく会場を後にした。

 ファンフェストでの取材を終えて、ルジニキ・スタジアムの閑散としたプレスセンターで仕事をする。テレビモニターは、イランが土壇場でモロッコのオウンゴールを誘い、20年ぶりとなるW杯勝利を果たした瞬間を映し出していた。エジプト対ウルグアイも、モロッコ対イランも、21時に行われた「イベリア対決(ポルトガル対スペイン)」に比べれば、華やかさや驚きに欠けるしゴールシーンも1度だけ。しかし、いずれも魂を揺さぶられる好ゲームであったことに変わりはない。28年ぶりの夢の舞台を戦うエジプト、そして20年ぶりのW杯勝利を手にしたイラン。両者は、今大会の日本代表に何を求めるべきかという私たちの迷いに、重要なヒントを示してくれたようだ。
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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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