フィギュア新ルールは選手にどう影響? 演技の質を重視、4回転競争は沈静化も

野口美恵

ルール改正は選手たちにどのような影響を及ぼすか 【写真:YUTAKA/アフロスポーツ】

 2018−19シーズンのルール改正などを決定する国際スケート連盟(ISU)総会が6月4〜8日、スペインのセビリアで開かれた。平昌五輪が終わり新たな4年のスタートとなる18−19シーズンは、大幅なルール改正のタイミング。日本からは岡部由起子技術委員らが参加し、フィギュアスケートの発展に向けた議論と採択を行った。

 新ルールが求める方向性は「今まで以上に、質の高い演技」。1つでもミスをすると大幅に減点される一方で、質の高い演技は大きな加点をもらえることになった。それでは、ルール変更点の詳細を見ていこう。

場合によっては3回転だけで優勝可能

(1)男子は演技時間とジャンプ本数が減少

 まず男子とペアにとって大きな変更となるのは、フリースケーティングの演技時間が4分30秒から4分になったこと。これに伴い男子のジャンプは8本から7本に減り、女子と同様の「4分間で7本」になった。

 演技時間が短くても、「体力的にはむしろキツくなる」というのがコーチや振付師の意見だ。男子は複数の4回転を跳ぶため、助走でスピードをつける時間や体力回復のための間合いを考えると、演技中に息を整える場所がなくなる。これまでのような「演技中盤でスローパートを入れて体力を回復させる」という手法が使えなくなり、ジャンプの配置が難しくなるという。

ジャンプの基礎点とGOEの幅の変更により、4回転を多く入れているネイサン・チェン(写真)らはどのような戦略を立ててくるかが注目される 【写真:坂本清】

(2)ジャンプの基礎点とGOEの変更

 全選手にとって最も大きな変更は、ジャンプの得点だ。まず「基礎点」は全体的に削減され、そのぶん出来映えによる加減点「GOE」の幅が広がった(編注:従来の「+3」〜「−3」から「+5」〜「−5」へ変更され、1段階上がる、もしくは下がるごとに10%増減で設定。+5だった場合、基礎点の50%ぶん加点を得られる)。

 例えばトリプルアクセルは、基礎点が8.50点から8.00点に下がった。これだけ聞くと、ジャンプの得点が抑えられたように感じるが、そうではない。これまでは、最高に素晴らしいトリプルアクセルを跳ぶと「+3」(3.00点)で、転倒すると「−3」(−3.00点)だったため、得点幅は「11.50点〜5.50点」。改正後は、質が良ければ最大「+5」(4.00点)、転倒すると「−5」(−4.00点)となり、得点幅は「12.00点〜4.00点」となる。つまり素晴らしいジャンプが決まれば今までよりも高得点が狙えるし、転倒すれば一気に得点を失うことになる。

 こうなると重要なのは、どのジャンプを入れるかの戦略だ。転倒するリスクのあるジャンプは避け、ここ数年のハイレベルな4回転競争は沈静化する可能性がある。

 一方で加点を得るために、4回転ジャンプでも「単にクリーンに降りる」だけでなく、質を磨く必要がある。今回示された「プラス」の条件は、「高さと飛距離がある」「踏み切り、着氷がきれい」「無駄な力を入れない」「ステップや独創的な助走から跳ぶ」「踏み切りから着氷までの姿勢が良い」「音楽に合っている」の6項目。これまであった「空中での姿勢変化」の項目がなくなったため、「手を上げて跳ぶ」というジャンプを取り入れる選手は、一気に減るだろう。

 面白いのは「きれいな3回転」と「ミスした4回転」では、3回転のほうが高得点になること。たとえば3回転ルッツで「GOE+5」なら8.85点(基礎点5.90点の50%を加点、5.90+2.95=8.85点)で、4回転ルッツで着氷が乱れ「GOE−3」なら8.05点(基礎点11.50点の30%を減点、11.50−3.45=8.05点)、転倒は「GOE−5」で5.75点となる。選手にとっては3回転よりも4回転のほうがはるかに難しいが、得点にはその「努力と勇気」は反映されない。

 そのため試合によっては、男子で「4回転を1本も入れず、3回転をすべてきれいに決めた」という選手が優勝し、女子で「3回転+3回転」を跳ばなくても表彰台に乗る、という可能性がある。

 もちろん「周りのミス待ち」は正当な作戦ではなく、本当の世界トップを狙う選手たちは今まで以上に質の高いジャンプを練習し、演技全体の完成度は高くなっていくだろう。

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著者プロフィール

元毎日新聞記者、スポーツライター。自らのフィギュアスケート経験と審判資格をもとに、ルールや技術に正確な記事を執筆。日本オリンピック委員会広報部ライターとして、バンクーバー五輪を取材した。「Number」、「AERA」、「World Figure Skating」などに寄稿。最新著書は、“絶対王者”羽生結弦が7年にわたって築き上げてきた究極のメソッドと試行錯誤のプロセスが綴られた『羽生結弦 王者のメソッド』(文藝春秋)。

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