吉田麻也、4年間の積み重ねで大きく進化 プレミアでの「経験値」を糧にW杯へ挑む

田嶋コウスケ

失意のW杯から4年

吉田麻也は経験値を飛躍的に伸ばした今、自身2度目となるW杯に挑もうとしている 【写真:西村尚己/アフロスポーツ】

 今から4年前。ロンドンのヒースロー空港に、シーズンを終えたばかりの吉田が大きなスーツケースとともに姿を見せた。

 行き先は日本。ワールドカップ(W杯)ブラジル大会の壮行試合を行う日本代表に合流するため、吉田は英国から日本に向かうことになっていた。出発前に囲み取材に応じ、「楽しみとプレッシャーの半々ぐらい。僕自身、いよいよだなと感じています」と心境を語った。しかし、「自信は?」と尋ねられると、「分からないです。今年はさほど試合に出ていないので、あまり偉そうなことは言えない」と言葉を濁した。

 自身初のW杯出場が決まり、晴れやかな表情を見せた一方で、当時の吉田は、コンディションと試合勘に大きな不安を残していた。加えて、プレミアリーグ在籍もまだ2年目。今と比べると、経験値も足りなかった。

 この時、サウサンプトンの監督を務めていたのはマウリシオ・ポチェッティーノ監督(現トッテナム)だった。吉田の獲得を決めたナイジェル・アドキンス監督は前年度に解任され、このアルゼンチン人監督がチームを率いていた。しかし、日本代表センターバック(CB)は厳しい状況に追い込まれる。CBはジョゼ・フォンテとデヤン・ロブレンの2人に固定され、「第3CB」として吉田の出番は極めて限定的になった(リーグ戦38試合中、出場はわずか8試合)。しかも、シーズン終盤には左膝を負傷。股関節付近にも痛みを抱え、万全といえる状況ではなかった。

 迎えたW杯。ブラジルの地で日本代表はグループリーグ敗退で大会を終える。グループリーグ3試合で6失点。日本代表、また吉田にとっても不本意な大会になった。

 あの失意のW杯から4年が経とうとしている。この間、吉田はプレミアリーグで挑戦を続け、大きな進化を遂げた。昨シーズンには念願のレギュラーCBの座をつかみ、リーグ100試合出場を達成。ヨーロッパリーグにも初参戦し、リーグカップ決勝では元スウェーデン代表FWのズラタン・イブラヒモビッチと互角に渡り合った。さらに精神的支柱、守備のリーダーとして、ゲームキャプテンを任される試合も増えた。これまでプレミアリーグで成功例のなかったアジア人CBとして、吉田は着実に存在感を高めてきた。

 気がつけば、サウサンプトン在籍は6年にもなった。4年前から経験値を飛躍的に伸ばした今、自身2度目となるW杯に挑もうとしている。

DF泣かせのプレミアは異質

ローマ守備陣の寄せが足りないように見えたCL準決勝第1戦。サラーには十分に射程圏内だった 【写真:ロイター/アフロ】

 そんな吉田が身を置くプレミアリーグは、欧州の他国と比べても異質である。

 プレースピードやプレー強度、球際の力強さ、空中戦の多さ、アタッカーの個の力など、「激しさ」や「インテンシティー」で言えば、間違いなく世界トップクラスにある。当然のように、CBの役割は過酷を極める。球際での激しい接触プレーは日常茶飯事。体の強さと高さに加え、試合展開を読む力やビルドアップ力など、さまざまな力が求められる。シュートレンジひとつとっても他国リーグとは異なるため、DFはマーカーとの間合いの取り方にも細心の注意を払わなければならない。

 少し乱暴な言い方をすれば、Jリーグでは最終ラインの選手は迂闊(うかつ)に飛び込まず、むしろ相手の攻撃を遅らせる守備を重視している印象がある。セーフティーファーストで守備ブロックの形をなるべく崩さないよう心掛け、相手が横パスで逃げたり、シュートを枠に外してくれたら、守備陣にとっては狙い通りなのだろう。

 しかしプレミアリーグの場合、これだけでは通用しない。ゴールまである程度、距離が離れていても、アタッカーには十分に射程圏内である。それゆえ、マーカーとの間合いを詰めないと、高精度のミドルシュートでいとも簡単に失点してしまう。確かに、マンチェスター・シティのケビン・デ・ブライネ(ベルギー代表)やリバプールのモハメド・サラー(エジプト代表)、トッテナムのハリー・ケイン(イングランド代表)ら、「個の力」で大きな違いを生み出すアタッカーがプレミアリーグには勢ぞろいしているのだ。

 最たる例が、ローマとのチャンピオンズリーグ準決勝の第1戦でサラーが決めた1点目のミドルシュートだろう。ペナルティーエリアの角から逆サイドのネットを揺らすという難易度の高いゴールだったが、プレミアリーグを取材する筆者には、ローマ守備陣の寄せが足りないように見えた。

 ペナルティーエリアの端から放ったシュートだったせいか、ローマ守備陣はコースを切るだけでサラーとの距離を詰め切れなかった。しかしプレミアリーグなら、マーカーは体を投げ出してでもシュートブロックに動いていたはずだ。レスターの岡崎慎司いわく、「プレミアには化け物みたいな個の力がそろっている」。イングランドサッカーは、それほど異質なのだ。

 だから、引いて守るだけではピンチを招く。「危険」と判断すれば、瞬時につぶしにいく。敵に前を向かせていけない場面なら、ファウル覚悟で止めにいく。もちろん、状況次第で「ステイ」することもあるが、吉田はこうした高度な駆け引きを日ごろ、90分を通して行っているのだ。

 吉田は語る。

「下がったら結局やられるので、前から(ボールを)取りにいかないと。それを90分続けないといけない。プレミアに限らず、W杯でもレベルの高い選手たちとやらないといけない。守備のオーガナイズ、アグレッシブさというのは勝ち上がっていくためには求められると思います。ただ、引いて、引いて、引いてだけだったら、やっぱりキツイと思います」

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著者プロフィール

1976年生まれ。埼玉県さいたま市出身。2001年より英国ロンドン在住。サッカー誌を中心に執筆と翻訳に精を出す。遅ればせながら、インスタグラムを開始

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