″怪物・井上尚弥″を生み出した敗北 15戦全勝王者をささえる「平常心」
プロ転向前、井上を変えた「敗北」
プロキャリア15戦全勝と、無敗を続けている井上尚弥(左)。アマ時代に彼を変える1つの“敗北”があった 【写真:中西祐介/アフロスポーツ】
プロ転向前の2012年4月だった。ロンドン五輪予選会を兼ねたアジア選手権。ライトフライ級決勝で11−16の判定負けを喫し、目標としていた五輪出場を逃した。過去に世界選手権で銀メダルを獲得したこともある地元カザフスタンのビルジャン・ジャキポフに屈した。19歳になったばかりだった。「練習してきたことが、2割も出せませんでした」
相手との実力差うんぬんではなく、自分の力を出し切ることができなかった。「気負いすぎていましたね。自分は大振りになるし、相手のパンチはもらうし。大事な試合でそういうミスをしてしまった。そこからですね。試合はとにかく平常心でやろうと強く心に決めました」
五輪出場を逃した喪失感にうちひしがれることなく、前を向いた。それも冷静な自己分析をもって。挫折から立ち上がるには強いエネルギー、熱が必要とされるケースは多い。だが、井上は冷静に自分自身と敗戦内容を見つめ直し「平常心」という武器を持ってリスタートの一歩を踏み出した。「試合だからといって気持ちを入れすぎたり、気負ったりしても、普段練習している気持ちとは違う。それだと、普段の練習の力を出すことができない」
練習の自分を、いかに本番のリング上で出し切れるか。そのためにはメンタル的にも、練習を重ねている普段の状態を保つことが必要不可欠だと気付いた。以来、ココロを整えてリングに上がるために、さまざまな工夫を凝らしている。「普段の練習通りにという気持ちで入場したり。控え室のアップでも、そのことをまず意識するようにしていますね」
「平常心」を武器にプロ14戦全勝
重圧の掛かるはずのデビュー戦で、平常心を貫いた。1回にいきなりダウンを奪い、4回KO勝利。そこから14戦全勝の無敗ロードを、現在も力強く歩み続けている。ただ、自分の中で練習通りのボクシングを、試合で出し切れた感覚はまだないと言う。「何割出せているかというのは難しいですけど。感覚的には全然出ていない。練習でできていることが試合でできれば、多分みんな強いんですけど。そこは難しいです」
怪物のココロとカラダは、まだ完全なる一致はみていない。そしてだからこそ「伸びしろは全然あると思います」と言い切る。挫折から生まれた平常心という武器。冷静に整えられたココロが怪物の歩みを根底から支えている。
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