クラブでも代表でも覚悟を決める酒井高徳 「選手たちも腹をくくらなきゃならない」

島崎英純

崖っぷちHSV、キャプテンは何を思う

酒井高徳はドイツの古豪クラブの主将として、また日本代表の一員として奮闘中 【島崎英純】

 現地時間4月7日に行われたドイツ・ブンデスリーガ第29節、厳しい残留争いを戦う中で2位のシャルケを破った翌週。ハンブルク郊外にあるフォルクスパルク・シュタディオン脇の練習場では、トレーニングを行うハンブルガーSV(以下、HSV)の選手たちの登場を心待ちにするファン・サポーターの姿があった。

 選手が現れる階段下のグラウンド入り口で、子どもたちが列を成している。引率と思わしき女性が女の子の肩を抱きながら「もう少しで選手たちが来るわよ」と語り掛けている。すると女の子は、サインを書いてもらうために持っていた紙にドイツ語で「NUR DER HSV」と書いた。

「HSVのためだけに」

 彼女が願いを込めた言葉の先には、キャプテンの酒井高徳がいた。

「残留争いを強いられる中で、1試合、1試合プレーして、今は後がない立場で、よりプレッシャーのかかる状況なのかなと思っています。でも、どちらにしても試合は来るわけで、そのときまでに万全の準備をして、戦術的にもメンタル的にもコンディション的にも全てを出し切る。どの選手も毎試合勝ちたいと思っているけれども、それでも勝利をつかめるのは、チームに在籍する全員が自分たちの成すべきことをしたときだけだと思っています」

 ここ数年のHSVは常にリーグ戦で下位に沈み、今季も同じ境遇に甘んじている。1963年にブンデスリーガが創設されて以降、一度も2部に降格していない唯一のクラブにとっては悩ましい問題だ。

「プレッシャーを感じない、モチベーションが低いというのはチームにとって重傷で、問題だと思っています。チームが降格圏にいるわけでもなく上位争いをしているわけでもないときに、どれだけ気持ちを保てるか。チームが置かれているシチュエーションや自らの立場とは関係なく、常にモチベーションを高められないのが万年下位にいるチームの要素なのかなと思います。対戦相手に対して、自らの実力が劣っていても成績を挙げられる例はいくつもありますよね。最近で言えばチャンピオンズリーグ準々決勝でローマがバルセロナを破ったケース。少し前ならイングランドのプレミアリーグでレスター・シティが優勝したとき(15−16シーズン)。あるいは、今年のブンデスリーガ前半戦ではハノーファーの調子が良かったですよね。

 他の強豪に比べて力が劣っていたとしても、そんなチームはテレビを通してからでも熱が伝わってくる。それはピッチに立っている11人だけでなく、チーム全体のモチベーションが高まっているからなのではないでしょうか。僕らもそのような環境を生み出せていたら、毎年残留争いの中でプレーしなければならないシチュエーションを回避できたのではないか。全ては自分たちのせい。それでも最後まで責任を果たしてプレーし続けることができれば、ファン・サポーターの方々も『選手たちは最後まで戦ってくれた』と思ってくれるはず。今は、そんなプレーを見せなきゃいけないと思っています」

「高徳はいつもポジティブだ」という姿勢

残留争いを戦うHSVを、キャプテンとしてリードする酒井 【Getty Images】

 日本人がドイツ・ブンデスリーガ1部のチームでキャプテンを任される。それがどれほどの意義なのか、重責なのかを市井(しせい)の者がうかがい知ることはできない。昨季、開幕から10試合勝利がなく最下位に転落した際にマルクス・ギスドル前監督が彼を主将に任命して以降、シーズンをまたいで2度の監督交代があった中でも、酒井はこのチームのリーダーであり続けている。

「キャプテンを任されていると心持ちも違います。でも結局、自分にできること以上のことはできないんですよね。人間にはそれぞれに力量があって、その最大限を発揮しようと思った方がベストなパフォーマンスを発揮できると思った。実際には『皆を引っ張らなきゃならない』『良いプレーをしなきゃならない』『皆が困ったときには先頭を切って』と、いろいろなことを考えてしまうんです。

 でも今は考えを改めました。今の自分がキャプテンとしてできることは、どんなときでも仲間を鼓舞して、どんなときも走る。そして『高徳はいつもポジティブだ』という姿勢を見せる。ミスした選手に声掛けをするのはそのような意図からです。自分は特別うまいわけではないし、何かで試合を決定付けられるわけでもない。ただチームのために走ることはできる。酒井高徳という選手がどれだけしっかりとプレーしているのか、普段からどれだけしっかり物事に取り組んでいるか、それを周囲に示すのがキャプテンとしての僕の役割だと思ったんです」

 幾多の試練、挫折、失敗の中で自我を確立させたとき、彼は自らが思い描くキャプテン像を確かに見いだした。

「今季は去年みたいになりたくないから、『キャプテンとしてどうすべきか』を常に考えてしまった。シーズンが始まってチームが2試合勝利した中で、僕は試合に出ることができなかったんです。そんな中で、キャプテンとしてどう振る舞えばいいのかは迷いましたね。チームが勝っている間は特に何もする必要はない。一方で、自分が試合に出られないからといって不満足な態度を取るわけにもいかない。ただ、そこからチームが負け始めたんです。そこで、どんなキャプテンシーを発揮すべきなのか。急に出しゃばって皆に何かを話した方がいいのか。いろいろなことを考えているうちに自らに出場機会が回ってきて、『今のチームにはキャプテンが必要なんだと思わせなきゃ』と自らにプレッシャーをかけてしまった。

 でも、それでは駄目なんです。キャプテン以前に、チームのために自分のできることをしなければならない。人には人の力量があるから、それ以上のことをやり続けたら壊れてしまう。ただでさえウチのチームはネガティブな思考に陥りやすい選手が多いんですよ。試合中にすぐ集中が切れてしまったり、落ち込んでしまったり。そんなときに、『高徳は諦めていない』という姿勢を醸し出すことが大事だと思った」

自分が代表から外される理由

 所属クラブが苦境に陥る中で、酒井自身も自らの立場を模索する日々が続いている。日本代表では3月のベルギー遠征に当初招集されなかったが、酒井宏樹の負傷によって再招集の声が掛かった。モチベーションの維持が難しい中で、当時の彼はどんな心境でゲームに臨んでいたのだろうか。

「宏樹がケガでいないということで、少なからず自分に出番が回ってくるだろうとは思っていました。代表メンバーから外れた現実を認めている自分もいたんですけれど、もう一度呼ばれたときには自らの力を見せてやろうと。そういった意気込みでチームに合流しました。ただ、マリ戦は後半から途中出場したんですが、変化が付けられなかった。2戦目のウクライナ戦は初めからチャンスがあって、自分の中で試行錯誤してやろうと思いましたが、個人的には何もできなかった。自分が代表から外される理由が詰まった2試合だったと感じました。

 前半から相手にチャンスを作らせてしまった部分がありましたし、失点にも直接絡みましたしね。どんなにチーム状態が悪くても、最後は個人の力量がゲームを左右する。そこから目を背けてしまったらどんなチームでも、どんなレベルにいても駄目だと思うんです。その意味では、自分自身を見つめ直すきっかけになったくらいのプレー内容でしたね」

 クラブでの残留争い、日本代表での競争とチーム強化の道筋。いくつもの難題を抱える今、クラブと代表両輪での活動が足かせになってはいないかと心配になる。それを問うたとき、至って明快で、筋道の通った答えを返してくれた。

「これを聞いたら、いろいろな人がいろいろなことを思うかもしれないですけれども……(数秒間考える)。代表は、そこに居たいと思っても自らの意思では居られない場所。その分、チームの一員になったときの誇りや責任がある。国を背負って戦っているわけですからね。

 でも結局、自らがお金をもらって生活していく上で大事なのはクラブなんです。代表だって、所属クラブでのパフォーマンスがよくなかったら立場を得られない。ここ(HSV)で仕事を果たすことから全てが始まるわけで、物事には順序があると思う。ハンブルクでパフォーマンスが発揮できていないのならば『日本代表にふさわしくない』と言われても仕方がないですよね。3月のベルギー遠征も当初はハンブルクでのプレーが駄目だったから呼ばれなかったと思っているんです。そんな中で代表チームに加わったところで、力を還元できないのではないかという思いがありましたから」

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著者プロフィール

1970年生まれ。東京都出身。2001年7月から06年7月までサッカー専門誌『週刊サッカーダイジェスト』編集部に勤務し、5年間、浦和レッズ担当記者を務めた。06年8月よりフリーライターとして活動。現在は浦和レッズ、日本代表を中心に取材活動を行っている。近著に『浦和再生』(講談社刊)。また、浦和OBの福田正博氏とともにウェブマガジン『浦研プラス』(http://www.targma.jp/urakenplus/)を配信。ほぼ毎日、浦和レッズ関連の情報やチーム分析、動画、選手コラムなどの原稿を更新中。

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