クラブでも代表でも覚悟を決める酒井高徳 「選手たちも腹をくくらなきゃならない」

島崎英純

今の日本代表は成長していないと思う

日本代表は「相当な覚悟を持って前に進まなければならない」と酒井は語る 【Getty Images】

 酒井が自問自答を繰り返す中、日本代表には風雲急を告げる出来事があった。日本サッカー協会がヴァイッド・ハリルホジッチ監督との契約を解除し、技術委員長を務めていた西野朗氏を新監督に据えたのだ。ハンブルクでそのニュースを聞いた酒井は、その心境を包み隠すことなく話してくれた。

「同じプレッシャーを経験して、同じ喜びを経験して、ワールドカップ(W杯)の切符を得るまでの3年間は監督と選手が同様の思いを抱いてきたと思います。その意味では、喜怒哀楽があった中で勝ち取ったW杯の切符を目の前で剥奪されるというのは……非常に……同業者として、とても悔しい思いだろうと思います。

 10年のW杯南アフリカ大会でサポートメンバーに入ってから継続して代表に入っている自分の思いとしては、『今の日本代表は成長しているのかな』という気持ちが強いです。この間のマリ戦やウクライナ戦などは自分自身も含めて全体のパフォーマンスがよくなかった。これで代表はレベルアップしていると言えるのか。僕はしていないと思うんですよね。これは監督だけの問題ではない。選手たちはそれを肝に銘じて、心に刻んで、生まれ変わらなきゃならないと思う。 

 僕自身はハリルさんに起用しもらった時期もあったし、起用されなかった時期もあった。だから、いろいろな思いがあります。それでも監督としてチームを率いたときの苦労を評価されず、その成果を剥奪される悔しさは十分理解できる。一方で、今の日本代表は戦い方が整っていないとも思う。3月のベルギー遠征では香川(真司)くんや(吉田)麻也くんなどを負傷で招集できなかったですけれど、それはW杯の本選でもあり得るわけです。では、麻也くんがケガをしたら誰が試合に出る? 宏樹がケガしたら? ハセさん(長谷部誠)がケガしたら? そのシミュレーションはやっておかなければならない。

 でも、代わりに出場した選手が自分を含めて、ピッチで本来のプレーを表現できない。あるいは国際Aマッチウイークに指定されずに戦う大会の中で、『本当にこれが日本代表なのか?』と思われるような試合内容になってしまうのは、もちろん選手のクオリティーもありますけれど、戦術が浸透していない証拠だとも思うんです。

 自分たちが監督の思い描く戦術を表現できなかったという責任もあるので、ハリルさんの解任には重みがあるんですけれど、ここで選手たちも腹をくくらなきゃならない。『監督が代わったから、これから何とかなるでしょ』と思った選手がいたとしたら、それは違う。これから代表に選ばれる23人の選手たちは、普段の心持ちから変わらなきゃならない。相当な覚悟を持って前に進まなければならないことを、全員が理解しなければならない」

コミュニケーションは足りていたか

 彼の言葉からは、相当な危機感の芽生えを感じる。監督が去れば自らの立場が得られるとは、毛頭思っていない。ただ、だからこそ思う。指揮官の前に、選手たちは、チーム内でそれぞれの思いを忌憚(きたん)なく言い合えていたのか。現状を打破するために、膝を突き合わせて議論できていたのかと。

「今のチームは周りを尊重し過ぎる。チームの和を尊重し過ぎる。ヨーロッパでは常に少人数、多人数に関わらず話し合いがあるんです。練習でも要求し合いますしね。でも、今の代表の練習ではそういう要求が少ないと思います。それは遠慮しているのか、意見を言ってはいけないと思っているのか、何かを言うことでチームの和を乱してしまうと思っているのか。でも、そんなことは関係ないですから。むしろ自分の考えを明らかにすることで、相手も気持ちをぶつけて、お互いの考えを擦り合わせることができる。そのようなコミュニケーションが本当に足りていたのか。厳しい部分に目を向けてトレーニングしていたのか。それを考えたら、今のチームはまだまだ物足りないと思います。

 それは僕が19歳の時に南アフリカのW杯でバックアップメンバーに入って、14年のW杯ブラジル大会で23人のメンバーに入って、代表とはどうあるべきかを見て、感じた上での思いです。南アフリカの時は選手同士の要求や話し合いが常にあって、とても厳しい一面がありました。ただ、最近はチーム内の選手の入れ替えが激しくて、もちろん選手が固定されても駄目ですけれど、選手それぞれに代表での経験や考えに違いがあって、やりにくさを感じていました。

 でも、もしハリルさんが続投して指揮を執っていたとしても、昨年11月の2試合(ブラジル、ベルギー戦)、そして前回のヨーロッパでの2試合(マリ、ウクライナ戦)の計4試合で『このままでは痛い目に遭う』と感じたと思うんですよね。だからこそ、本大会へ向かう中で選手たちがどれだけオープンに真実と本音をぶつけあって、それをピッチで表現できるか。そこが大事になると思います」

サポーターが集まるハンブルクの練習場でのひとコマ 【島崎英純】

 ハンブルクでの辛苦、代表での葛藤とジレンマ。今の酒井が見据える先には明るい未来への光が見えないかもしれない。それでも彼は断じて屈しない。多くの悩みを抱えたまま、それでも前へ進もうと歯を食いしばっている。熱意を絶やしたら全てが終わる。そう自覚しているからこそ、彼はこれからも懸命に走り続ける。

 サッカーという競技では、その対象に関わるコミュニティーのメンバーが一致団結したときにこそ本来の力が覚醒する。クラブも、代表も、その真理に違いなどない。

 穏やかな太陽の光が射す午後、チームの練習が終わった。クラブハウスを引き上げる選手たちを多くのファン・サポーターが待ち構えている。

 両手を大きく伸ばして頭上に紙を掲げる、あの女の子がいた。引率の女性が言う。

「焦らなくても大丈夫よ。あなたの好きな選手は必ずここに来てくれるから」

 酒井高徳キャプテン以下、HSVの全選手は、すべてのファン・サポーターに寄り添い、触れ合い、その揺るぎない絆を確かめ合っていた。

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著者プロフィール

1970年生まれ。東京都出身。2001年7月から06年7月までサッカー専門誌『週刊サッカーダイジェスト』編集部に勤務し、5年間、浦和レッズ担当記者を務めた。06年8月よりフリーライターとして活動。現在は浦和レッズ、日本代表を中心に取材活動を行っている。近著に『浦和再生』(講談社刊)。また、浦和OBの福田正博氏とともにウェブマガジン『浦研プラス』(http://www.targma.jp/urakenplus/)を配信。ほぼ毎日、浦和レッズ関連の情報やチーム分析、動画、選手コラムなどの原稿を更新中。

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