奈良くるみの“諦めないテニス”で団結 フェド杯で日本がこじ開けた世界への扉

内田暁

チームをひとつにする奈良の存在

奈良くるみの戦う姿は、チームメートたちの心を常に刺激する 【写真は共同】

 果たして翌日の奈良対ワトソンの一戦は、大坂がコンタに敗れたため、日本にとっては後のない状態で奈良のもとへとまわってきた(大坂と奈良は、初日と2日目ともにシングルス1試合に出場)。だが緊迫のコートに向かう彼女の頭にあったのは、大会前から信じ続けた「自分が1勝を挙げれば、チームは勝てる」の思い。ワトソンは高いフィジカルと強打を持つが、「高いボールやコートを広く使えるのは自分の方」との自信がある。それは、誰もが「彼女ほど、やるべきことをきちっとやる選手はいない」と評する26歳の若きベテランが、155センチの小柄な体で積み上げ築いた信条だ。

 予想通りにもつれた一戦は第1セットのタイブレークへと流れ込み、奈良は3本の相手のセットポイントの危機に面する。だが奈良は「このセットを落としても、第2セットがある」と焦ることはない。諦める気配すら見せずボールを追う奈良の姿に、重圧を感じたのはワトソンの方だったろう。ジリジリと追い上げた奈良が、最後はバックハンドのウイナーをたたき込み逆転で第1セットをもぎ取った。

「くるみちゃんは、フェドカップに欠かせない選手だと思いました」と言ったのは、2カ月前のアジア・オセアニアゾーン予選を奈良とともに戦った日比野菜緒(ルルルン)だった。「一球すら無駄にせずに戦う姿」が見る者を引き込み、チームメートの士気を高めてくれるのだという。
 確かにこの日、ワトソンと戦う奈良の姿にも、観客が、そしてチームメートがのめり込んだ。奈良が1ポイントを奪うたびに会場のブルボンビーンズドームが歓声で震え、ベンチで応援する選手たちは立ち上がり手をたたく。なかでもダブルス要員の加藤未唯(ザイマックス)は、誰より明るい声援と笑顔を、ベンチからコートへと送り続けた。「応援が好き」で「常に盛り上げたいと思っていた」彼女は、緊張とは無縁で、自身もチームの一体感を楽しんでいた。
 その加藤とペアを組む二宮真琴(橋本総業)は、奈良のひたむきな姿に胸を打たれていたという。特にタイブレークでの猛追を見た時には、思わず目が「ウルっとした」。奈良が第1セットを奪った時、「これは絶対に、私たちに試合がまわってくる」と確信した二宮は、来たる決戦に備え、ベンチを離れ加藤と共に練習コートへと向かう。

 それから約45分後……奈良は彼女らしいテニスで快勝を手にし、ここまでの対戦成績は2勝2敗。両国の命運はダブルスに委ねられることが確定した。

 その決戦が始まる10分前、イギリスは当初の登録メンバーから変更し、コンタとワトソンのダブルス投入を発表した。

機動力と戦略がかみ合い勝利 加藤&二宮ペア

チームの勝利をかけた最終戦に勝利した加藤(右)、二宮組 【写真は共同】

 加藤と二宮のペアは、今年2月のアジア・オセアニアゾーン予選で代表に初選出され、その時もチームの勝敗を掛けた決戦を勝った実績がある。「お客さんやチームメートに応援されるのが大好き」な加藤は、日頃から練習拠点としているコートが華やかな大舞台に変貌したことがうれしくて仕方ないといった様子で、大声援を浴びながら跳ねるようにコートを駆け回っていた。

 一方で硬さが隠せぬ二宮は、パートナーを見ながら「なんでこの人は、こんなに笑っているんだろう?」と不思議に思っていたという。同時にその穏やかな疑問は、確実に二宮の緊張をほぐしていく。第1セットは失うも、第2セット以降は二人の機動力と戦略がかみ合い、パワーに勝る英国ペアを翻弄(ほんろう)した。

 そうして迎えた、マッチポイント。リターンサイドに立つ二宮は、「セカンドサーブになったら、フォアに回り込み、二人の真ん中か前衛にぶつけてやろう」と心に決めていた。フォアのリターンは、小柄な二宮が世界で戦うために磨き上げた武器であり、監督が彼女を代表に起用した理由でもある。その迷いなき一撃は、イギリスコートの中央に刺さり、コンタとワトソンの両者は一歩も動くことができなかった。

 次の瞬間、客席から大歓声が上り立ち、ベンチでは紅白のジャージが一斉に爆(は)ぜるように飛び上がる。実は2カ月前のアジア・オセアニアゾーンの決勝戦でも、勝利を決めたのは二宮のフォアだった。だがその時はウイニングショットが相手に当たったため、喜びの表出も中途半端なまま終幕していた。
 その不完全燃焼分をも補わんばかりにコート上で抱き合う二人へと、奈良が両手を広げて飛び込む。やがてスタッフ全員へと広がった歓喜の輪の中には、今回は代表から外れた日比野の姿もあった。

 日本が今回の対イギリス戦で手にした3勝は、シングルスでの大坂と奈良、そしてダブルスがそれぞれもぎ取ったものである。代表に選出された4人全員が勝利を挙げ、正にチーム全員でこじ開けた世界への扉だった。

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著者プロフィール

テニス雑誌『スマッシュ』などのメディアに執筆するフリーライター。2006年頃からグランドスラム等の主要大会の取材を始め、08年デルレイビーチ国際選手権での錦織圭ツアー初優勝にも立ち合う。近著に、錦織圭の幼少期からの足跡を綴ったノンフィクション『錦織圭 リターンゲーム』(学研プラス)や、アスリートの肉体及び精神の動きを神経科学(脳科学)の知見から解説する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。京都在住。

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