平昌パラで痛感、日本を上回る世界の進化 “王者”狩野亮、痛恨ミスで5位に沈む

宮崎恵理

期待された表彰台独占はならず

メダル最有力候補だった狩野亮だが、結果は5位と振るわなかった 【写真:ロイター/アフロ】

 アルペンスキーのスーパー大回転が行われた平昌パラリンピック大会3日目。2010年のバンクーバー大会、14年のソチ大会でこの種目を2連覇していたのが、男子座位の狩野亮(マルハン)。また、森井大輝(トヨタ自動車)もバンクーバーで銅メダル、ソチでは銀メダルを獲得していた。今大会には鈴木猛史(KYB)、夏目堅司(RDS)とあわせて4人がエントリー。日本人による表彰台独占の可能性もあると、最も期待が懸かっていた。

 しかし結果は、女子座位の村岡桃佳(早稲田大)が前日の滑降に続き自身2個目となる銅メダルを獲得したものの、狩野が5位、森井は8位。日本チームは、村岡のメダル1個にとどまった。

「難易度の高いオープンのコースセットで、後半右ターンで大きく外れてしまった。緩斜面に続く大事な旗門だから、しっかりと上から次を狙いたかったのに、だいぶ落とされました」

 悔しいミスが敗因と狩野が振り返る。

「そのミスがなければ、1秒、2秒は削れたと思います」

 優勝したカート・オートウェー(カナダ)とのタイム差は1秒62。ミスがなければ、メダル、3連覇ももちろんあり得た。痛恨のミスだった。

“圧倒的王者”として過ごした4年間

ソチパラリンピックでは2冠を達成。チェアスキー高速系種目で圧倒的な強さを発揮してきた 【写真:長田洋平/アフロスポーツ】

 北海道・網走出身の31歳。子どもの頃からスキーに親しんでいた。小学3年で交通事故に遭い脊髄を損傷。車いす生活を余儀なくされた。スキー指導員の資格を持つ父の操さんがチェアスキーというスポーツがあるという情報を得て、中学に進学するタイミングで始めた。岩手大2年の時、トリノパラリンピックに初出場。そこで森井が大回転で銀メダルを獲得する姿をみて、本気モードのスイッチが入ったという。

 森井とともにフィジカルトレーニングに励み肉体を改造。使用するチェアスキーの構造への理解を深め、日々それこそミリ単位で調整を重ねてきた。雪上でテストを繰り返し、また調整する。そして、また雪上でベストの滑りを追求する。

 そうした地道な努力の果てに、狩野は、バンクーバーパラリンピックのスーパー大回転で金メダル。さらに高速系種目に磨きをかけて、ソチ大会では滑降、スーパー大回転で2冠。翌年には、ワールドカップ高速系種目別優勝も果たした。チェアスキー高速系種目の圧倒的王者として、平昌までの4年間を過ごしてきたのである。

「この4年間で一番変わったのは、国立スポーツ科学センターをパラリンピックの強化選手が利用できるようになったこと。フィジカルデータを取り、それに合わせてトレーニングのアドバイスをくれる。それまで直接スピードにつながるパワー系、瞬発系を重視してきましたが、新たに有酸素系を取り入れることになった。それをもとに自分に合うトレーニングを構築して取り組んできました」

 狩野は上半身しか強化できない。どれだけ機能的に動かせるようにするか。それがテーマだった。

「取り組んできたのは、胸椎の動き。首の位置、姿勢を常に適正に保てるようにすること。単なる筋力トレーニングだけではなく、疲れを残さずけがをしないためのセルフケアにも重点を置いてきた」

 その結果、雪上で常に安定したフォームでパフォーマンスを発揮できるようになったと語る。

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著者プロフィール

東京生まれ。マリンスポーツ専門誌を発行する出版社で、ウインドサーフィン専門誌の編集部勤務を経て、フリーランスライターに。雑誌・書籍などの編集・執筆にたずさわる。得意分野はバレーボール(インドア、ビーチとも)、スキー(特にフリースタイル系)、フィットネス、健康関連。また、パラリンピックなどの障害者スポーツでも取材活動中。日本スポーツプレス協会会員、国際スポーツプレス協会会員。著書に『心眼で射止めた金メダル』『希望をくれた人』。

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