加藤条治「スタートゆっくり」の賭け 金メダル獲得の目標は絶対に諦めない

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「良い一発を出せたと思う」

平昌五輪代表選考会、男子500メートルで3位に入り、4大会連続の出場が濃厚となった加藤条治 【写真:築田純】

「レース前は強がっていましたけど、実際、自分の状況はかなり追い込まれていて、正直やばいと思っていました。そんな中でしっかりタイムを出すことができて、とりあえずホッとしています。今の自分ができるレースはできたと思います」

 スピードスケートの平昌五輪代表選考会が27日、長野・エムウェーブで開幕し、男子500メートルでは2010年バンクーバー五輪銅メダリストの加藤条治(博慈会)が34秒683をマークし、3位に入った。最大3枠の代表圏内に入ったことで、4大会連続となる五輪出場が有力となった。

 最初の100メートルは全選手中トップタイの9秒49で通過。最後の100メートルはややスピードが落ちたものの、3位に食い込んだ。

「良い一発を出せたかなと思います。ただ、残り100メートルは体力が切れて、1歩1歩減速していたのが分かったので、とても怖い100メートルになりました」

 そう苦笑いを浮かべながらも、確かな手応えを感じているようだった。今季は両膝に痛みを抱えながら、10月の全日本距離別選手権では35秒10で4位に入り、ワールドカップ(W杯)の前半4大会の代表に選ばれた。本人からしてみれば「想定していたよりもタイムが出て困惑した」そうだが、その時点で34秒台を出す確信を得られた。そして実際に、W杯の第3戦で34秒47をマーク。確実に調子を上げてきた。

絶対に頑張らないことを意識

スタートでは「30〜40パーセントくらいの気持ち」で入ったと話す加藤。力みなくスピードを上げていく作戦は、経験の積み重ねで得たものだった 【写真:築田純】

 そうした中で迎えた27日の男子500メートル。加藤は1つの「賭け」に出る。スタートをあえてゆっくり滑ったのだ。短距離はスタートの成否が勝敗を分けることが多い。加藤はメダルを期待された前回のソチ五輪において、スタートでややつまずき、5位に終わった。代表選考会のような勝負が懸かったレースで、ゆっくり出ることはリスクを伴う。しかし、加藤には勝算があった。

「昔はそうしていたんです。出だしの10メートルは30〜40パーセントくらいの気持ちでいく。ダッシュするんじゃなくて、とりあえず体を前にゆっくり押し出して、そうすると惰性で勝手に足が動く。今日は大事なレースでしたけど、絶対に頑張らないぞと意識していました」

 不安がないわけではなかった。ましてや頑張らずに負けたとしたら、悔いも残る。それでも、これまで積み重ねてきた自身の経験と成功体験を信じた。そして加藤はその賭けに勝った。

「最近のレースでの弱点を考えたときに、1〜2歩目の出だしは確実に他の選手より速いんですけど、3〜4歩目で一度止まってしまっていたんです。止まってからもう一度スタートをやり直しすると、どうしても不利な状態になってしまう。そうならないように、ゆっくりと推進力につなげていくようにするにはどうしたらいいかと考えていたときに、昔はそうやっていたんだなというのをふと思い出したんです」

 ソチ五輪以降、自身の中で満足いくレースはほとんどなかったという。タイムが伸びない、結果が出ない中で生じたのは“力み”だった。スタートから100パーセントの力でいくと力むし、力むことによってミスが増える。そこで落ち着いて1歩1歩丁寧に加速につなげていくことが大事だというのは、これまでの経験で学んでいた。「今回久しぶりの試みだったので、かなり怖かったし、賭けでした。力みがないぶん後半の伸びにもつながるんですけど、最後の100メートルは本当にきつかった」。加藤はそう言いながら、笑みを浮かべた。

突き進んでいくことで道を切り開ける

日本男子をけん引してきた加藤にとって、集大成となる平昌五輪に臨む 【写真:築田純】

 男子500メートルは、長谷川翼(日本電産サンキョー)が34秒60の国内最高記録で優勝。山中大地(電算)が、加藤とほぼ同タイムの34秒680で2位に入った。山中は今季のW杯第2戦で2位となり表彰台にも立っている。海外勢も飛び抜けた存在はいないだけに、日本勢がさらにタイムを上げていければ、平昌五輪でメダルに届く可能性は十分にある。

 加藤はこれまで出場した五輪3大会すべてで金メダルを期待された。しかし、獲得したのはバンクーバーでの銅メダルのみ。勝負どころでのメンタルの弱さが指摘された。それでも、金メダルという目標をあきらめることはできなかった。

「五輪は僕のキャリアの中でも最も重要な大会です。そこに何が何でも出て、結果を残したいという気持ちが強くあります。今はそんなに言われていないですけど、前はずっとメダル候補と言われていたのに、1回しか取れていない。正直、今の実力ではメダルに届いていないですが、代表に入ったらこれから五輪に向けて仕上げていくことになります」

 シーズン当初に立てた目標は、選考会で必ず代表に入るというもの。そこから金メダル獲得に向けた強化が始まる。今までの流れは至って順調のようだ。

「今季もかなり苦しいことを経て、進んできているんですけど、このあとも相当苦しい思いをするはずです。それでも金メダルという目標を絶対に諦めず、突き進んでいくことで道を切り開けると思うので、苦しいことを受け入れて、やりがいだと思って頑張っていきます」

 くしくもバンクーバー五輪で銀メダルを獲得し、長年共に切磋琢磨(せっさたくま)してきた長島圭一郎(リカバリー)が、この日のレースを最後に現役引退を表明した。加藤のレースを見たという長島は「最後まで気持ちの入ったレースだったと思う。スピードスケートは昔それほど良い環境だったわけではないけど、僕たちは2人で工夫して、世界と戦ってきた。これは2人にしか分からないことだと思う。本番でもいつも通り頑張ってほしい」と、盟友にエールを送った。

 平昌五輪が開幕する直前の2月6日に、加藤は33歳となる。日本のスピードスケートを長年けん引してきた男が集大成となるであろう勝負に臨む。

(取材・文:大橋護良/スポーツナビ)
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