オグリの奇跡、有終の豪脚ディープetc. 有馬記念引退レースをプレーバック

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今年はキタサンブラックが有馬で引退

「有馬記念で引退」をキーワードに過去の名シーンをプレーバック(写真は1990年有馬記念、優勝はオグリキャップ(左)) 【写真は共同】

 いよいよ今週末、クリスマスイブの日曜日にJRA競馬の1年を締めくくるグランプリレース、第62回GI有馬記念(中山競馬場2500メートル芝)が行われる。注目は何と言っても、これが現役ラストランとなるキタサンブラック。国民的演歌歌手の北島三郎さんの持ち馬ということで話題を集めたのだが、それだけにとどまらず菊花賞、天皇賞・春2回、天皇賞・秋、ジャパンカップ、大阪杯と、積み上げたJRA・GI勝利数は歴代2位タイの6勝。獲得賞金もあのディープインパクトを超え、15億7348万3000円の単独2位となり、もし有馬記念(1着賞金3億円)を勝てば、テイエムオペラオー(18億3518万9000円)を抜き歴代1位に躍り出る。

 そんな記憶にも記録にも残る日本競馬史上屈指の名馬は主戦の武豊を背に、ラストレースでどのような走りを見せてくれるのだろうか? 勝って有終の美を飾ることになれば、空前の盛り上がりとなるだろう。

 そこで当コラムでは「有馬記念で引退」をキーワードに、過去のグランプリレースをプレーバック。師走の中山競馬場で繰り広げられたラストランにまつわる名シーンを振り返ってみたい。

1990年オグリキャップ 伝説となったラストラン

 まず、「有馬で引退」「勝利で有終の美」と言えば、1990年のオグリキャップだ。第二次競馬ブームの立役者であり、地方・笠松競馬から出てきた血統も地味な馬が、中央のエリートホースを次々と打ち倒していく。その姿に日本中が熱狂した。

 また、勝ったレースだけでなく、GIマイルチャンピオンシップから連闘で挑み2着に敗れるも、当時の世界レコードでクビ差の大接戦を演じた1989年ジャパンカップを始め、タマモクロス、スーパークリーク、イナリワンらライバルと繰り広げた名勝負の数々など、たとえ負けてしまったとしても、それがさらに大きなドラマを生んだ。そうしたドラマチックな姿が競馬を全く知らない人や若い女性らをも虜にする、まさに国民的アイドルホース――それがオグリキャップだった。

 そんなオグリにも衰えが見え始めた6歳秋(年齢は旧表記)。天皇賞・秋、ジャパンカップと2戦続けて着外に敗れたことから、「もう終わった」という声もささやかれた。そして迎えた引退レース、第35回有馬記念。鞍上に迎えたのは、宿敵スーパークリークの主戦で、第二次競馬ブームのもう一人の主役・武豊。その年の春にレコードタイムで制したGI安田記念以来2度目の黄金タッグ結成となり、中山競馬場には有馬史上最多の17万7779人が詰め掛けたのだが、単勝オッズは4番人気にとどまっていた。

 しかしレースでは、それまで眠っていた力を爆発させるようにオグリが覚醒したのだ。スローペースの中、武豊とバッチリ折り合い中団から運ぶと、3〜4コーナーで徐々に先頭集団へと進出。そして、最後の直線は外から力強く末脚を伸ばし、メジロライアンら後続を抑えて1着でゴールを駆け抜けた。

 奇跡とも言える結末に、ウイニングランでは17万人の大「オグリコール」。ここにオグリ伝説は最高の筋書きで幕を閉じたのである。

若き天才・武豊を背にオグリキャップがラストレースで奇跡の復活を果たした 【写真は共同】

 実は当時、中学生の筆者はこのレースをテレビで観戦しており、これが生まれて初めて見る競馬だった。オグリキャップの活躍はテレビや新聞のニュースなどで知っていたし、一方で、オグリはもう衰えたというニュースも見ていた。子供心に「オグリはもうダメなのか。でも、これが引退レースだし見てみよう」という軽い気持ちで見始めたのだけど(正確に言うと、公営ギャンブル好きの父が見ていたテレビ放送を、ヒマだからという理由で一緒に見た形だ)、こんなにも劇的なスポーツがあるのか!と体が震えたのを、今でも覚えている。以来、ここまでどっぷり競馬にハマってしまったのだから、オグリキャップは僕にとっても競馬という素晴らしいスポーツ、文化、ギャンブルに導いてくれた恩人(馬)なのである。その意味でも、個人的にも思い出深い有馬記念だ。

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