PK戦が明暗を分けた地域CL 旋風を巻き起こしたコバルトーレ女川

宇都宮徹壱

認知度が向上、約3000人の観客を集める

千葉県市原市で行われた地域CLの決勝ラウンド。市原対女川の試合には3100人もの観客が訪れた 【宇都宮徹壱】

「この試合の入場者数は3100人です」

 場内アナウンスが流れた直後、スタンドからはちょっとしたどよめきが聞こえた。隣でカメラを構えていた同業者が「J3よりも入っていますね」と苦笑する。11月25日に千葉県のゼットエーオリプリスタジアムで行われた地域CL(地域サッカーチャンピオンズリーグ)2017の決勝ラウンド2日目、コバルトーレ女川vs.VONDS市原FCの試合中の出来事である。ちなみに、3日目に行われたテゲバジャーロ宮崎vs.市原の試合では3750人が観戦している。

 地域CLが「地域決勝」と呼ばれていた時代、松本平広域公園総合球技場(通称アルウィン)で行われた決勝ラウンド3日目、日立栃木ウーヴァSC(当時)対松本山雅FCの試合では1万965人もの観客が詰め駆け、これが今のところの最高記録だ。とはいえ、松本は地域リーグ時代から圧倒的な集客力があったし、この年に地元でJFL昇格を決めているのだから、「1万人超え」という記録は極めて例外的なものとして捉えるべきであろう。

 そうして考えるなら、このようなアマチュアの大会で3000人以上の観客を集めたのは驚くべきことだ。もちろん、地元のスタジアムで地元のクラブがJFL昇格を懸けて戦っていることも大きな要因だろう。ちなみに2日目の第2試合、テゲバジャーロ宮崎vs.アミティエSC京都の入場者数は1250人。第1試合だけ観戦して帰ってしまった地元民が半数以上いたと思われる。それでも、JFL昇格を目指して連日戦うアマチュアの大会に魅了されるファンは、以前と比べて確実に増えているのは間違いない。

 地域CLは、全国9地域のチャンピオン、そして全社(全国社会人サッカー選手権大会)に勝ち残った3チーム、合計12チームが出場。4チームずつ3グループに分かれて1次ラウンドを総当たりで戦い、各グループの1位3チーム、そして最も成績の良い2位チーム(ワイルドカード)の合計4チームが決勝ラウンドに進出する。今大会は市原(関東リーグ1位)、京都(関西リーグ1位)、T宮崎(九州リーグ1位)、そしてワイルドカードで女川(東北リーグ1位)が決勝ラウンド進出を決めている。

 決勝ラウンドは11月24日から26日まで3日連続で開催。今大会は1位と2位がJFLに昇格できることになっていた。地域CLで特徴的なのは、引き分けの場合PK戦が行われることだ(勝者には勝ち点2、敗者には勝ち点1が与えられる)。なぜリーグ戦でPK戦が行われるかというと、4チームの3試合総当りでは同勝ち点となる可能性が高いからである。そしてこのPK戦ルールが、今大会では微妙な影を落とすこととなった。

「本命・市原、対抗・T宮崎、大穴・京都」を覆した女川

今大会で「台風の目」となった女川。勝ち点7を積み上げ、JFL昇格と優勝を決めた 【宇都宮徹壱】

 決勝ラウンドの顔ぶれが決まったとき、私の見立ては「本命・市原、対抗・T宮崎、大穴・京都」というものであった。これまで7つのJクラブを率いてきた「昇格請負人」石崎信弘監督が率いるT宮崎。豊富な運動量と積極的なプレッシングを武器に、並み居る強豪を押しのけて関西リーグを制した京都。そして、川崎フロンターレでプレーしたレナチーニョをはじめ、元Jリーガーを要所にそろえている市原。この「本命」チームを率いるのは、清水エスパルス時代に天皇杯を制している、セルビア人のゼムノビッチ・ズドラブコ監督である。今大会はホームで戦えるという利点もあり、「市原有利」というのが大方の見方であった。

 それでは「大穴」でさえない、女川はどうか。このクラブは、11年の東日本大震災とセットで語られることが多い。震災があった年、選手たちはサッカーの活動を1年間封印して、地元の復興支援活動に従事した。そして現在、女川は東北リーグを連覇するほどの力を蓄えるまでになったが、地域CLを戦い抜くにはパンチが欠けているように思われた。小柄な選手が多く、しかも前所属は地元の大学か地域リーグ以下のカテゴリー。元Jリーガーは皆無である(主将の木内瑛の前所属は「ブラウブリッツ秋田」だが、JFL時代の話だ)。

 ところが、そんな女川が今大会で旋風を巻き起こす。T宮崎との初戦は2−2の点の奪い合いとなり、PK戦を4−3で制して勝ち点2を獲得。2日目の市原戦も1−1からPK戦となり、サドンデスの状態から8人目で関東チャンピオンに競り勝った。そして3日目の京都戦では、50分に退場者を出し10人となってからも粘り強い戦いを見せて、終了間際のセットプレーから決勝ゴールを決めて勝ち点3を獲得。今大会はPK戦が多かったこともあり、勝ち点を7とした女川はJFL昇格のみならず、地域CL優勝という栄誉にも輝いた。

 一方「本命」の市原は、決勝ラウンドの3試合はいずれもPK戦負けに終わり、勝ち点3の3位に終わった。最後まで声援を送っていたサポーターは天を仰ぎ、ゼムノビッチ監督は「われわれには運がなかった」と肩を落とした。毎年「魔物がすんでいる」と言われる地域CL。とはいえ、女川が優勝して市原が3位に終わると予想したファンは、まずいなかっただろう。果たして両者の明暗を分けたものとは、いったい何だったのだろうか。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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