PK戦が明暗を分けた地域CL 旋風を巻き起こしたコバルトーレ女川

宇都宮徹壱

「自分たちのサッカー」に徹した女川、伸びしろが足りなかった市原

女川の阿部裕二監督。どんな相手に対しても「自分たちのサッカーをやるだけ」ときっぱり 【宇都宮徹壱】

 女川の阿部裕二監督は、自身のチームについて「いい意味で緩い」と表現する。「だから(昇格の)プレッシャーは感じていませんね」とも。またT宮崎にPK勝ちした際、相手のスカウティングは入念に行ったのかと尋ねると「ウチはスカウティングはやりません。いつも自分たちのサッカーをやるだけです」ときっぱり。14年のワールドカップブラジル大会で日本が惨敗して以降、すっかり禁句となってしまった感のある「自分たちのサッカー」というフレーズが、まさか地域CLの現場で聞かれるとは思わなかった。

 では、阿部監督が言うところの「自分たちのサッカー」というのは、具体的にどのようなものか。それは初戦の最初の10分くらいで明らかになった。戦力的には格上の相手に対し、彼らは引いて守るのではなく、果敢に攻めにいったのである。女川の武器となっていたのが、スピーディーでリズミカルなショートパス、そして大胆なミドルシュートである。ショートパスによるポゼッションについては「僕が好きだから(笑)」(阿部監督)、ミドルシュートは「手数を掛けて奪われるんだったら、遠めからどんどん打ったほうがいい」(同)。それ以外は、基本的に選手の判断に任せているそうだ。

 もっとも「自由を与えることは、責任を伴うこと」と指揮官が語るように、彼らは好き勝手なサッカーをやっているわけではもちろんない。10人になりながら、少ないチャンスをモノにして勝利した第3節の京都戦は、彼らが状況に応じた戦い方ができることを証明したゲームであった。飛び抜けたタレントがいるわけでもなく、練習環境が恵まれているわけでもなく、しかも全員が働きながらサッカーを続けている(トレーニングはいつも夜なのだそうだ)。そうした幾つものハンディを乗り越え、しかも魅力的なサッカーを展開しながらJFL昇格を勝ち取ったところに、女川の快挙の非凡さがある。

 女川とは対照的に市原は、レナチーニョのようなタレントはいるし、専用の練習場も持っているし、今回はホームで戦えるアドバンテージもあった。けが人が多いという情報もあったが、関東リーグや全社ではメンバーを頻繁に入れ替えながら戦っており、誰が出ても遜色なく戦えるという強みもあった。ところが決勝ラウンドでは、常に受け身に回る試合が続いた上に、試合の流れを変えるようなベンチワークも見られなかった(これは采配以前に、チームに伸びしろが足りていないように感じられた)。いずれにせよ、下馬評などまったくあてにならない地域CLの怖さを、あらためて感じさせる結果であった。

レギュレーション変更は何をもたらすのか?

市原を率いるゼムノビッチ監督。地域CLの過密日程には苦言を呈していた 【宇都宮徹壱】

 かくして女川とT宮崎は、来季から全国リーグに舞台を移して戦うこととなり、市原と京都は来季も引き続き地域リーグで戦うこととなった。余談ながら来季の関東リーグは、市原以外にも、JFLからブリオベッカ浦安と栃木ウーヴァFCが降格してくる。これに東京23FC、東京ユナイテッドFC、ジョイフル本田つくばFCなどが加わり、来年の地域CL出場を懸けて戦うことになる。かつて北信越リーグが「地獄」と呼ばれた時代があったが、来季の関東リーグはまさに「修羅」という言葉がふさわしいように感じられる。

 もっとも、晴れてJFL昇格となった女川にしても、すでに幾つかの難題を抱えている。一番の問題は、芝のグラウンドがないこと。以前は立派なピッチのある女川町総合運動公園で活動していたのだが、震災後は復興住宅の建設地に転用されている。現在は、新たに整備された人工芝の施設で活動しているが、JFLでは天然芝のグラウンドで試合を行うことが義務付けられている(そのためFC今治は、新スタジアムが完成するまで県内外の施設を転々としていた)。個人的には、女川については事情が事情だけに特例で人工芝を容認してほしいと思うし、この機会に「人工芝はNG」という規定の見直しも検討議題とすべきだと考える。

 規定の見直しといえば、来季の地域CLのレギュレーション変更が発表されたので、この件についても最後に言及しておきたい。最も注目すべき点は、決勝ラウンドが「水・金・日」と中1日休みとなること。改革を主導したのは、JFAとJリーグによる将来構想委員会だ。同委員会としては、本当は1次ラウンドも「水・金・日」としたかったが、参加チームの負担増となる上に「地方会場では5日間も押さえられない」という全社連(全国社会人サッカー連盟)からの反対意見が受け入れられ、「金・土・日」のままとなった。

 市原のゼムノビッチ監督は、地域CL開幕前から「3日間の連戦というのは、どう考えてもおかしい」と力説しており、同様のことは今治の岡田武史オーナーも口にしていた。確かに選手のコンディショニングを考えるならば、中1日の休みがあったほうがいいのは言うまでもない。しかし一方で、「どこまでアマチュア選手のことを考慮したのか」という疑念が残る。決勝ラウンドに進出した場合、本業がある選手は前日も含めて平日を4日も休まなければならない。それがどれだけ大変なことか、勤め人なら容易に理解できよう。

 決勝ラウンドの3日間から5日間への拡大は、出場チームのサポーターや地域CLのファンにとっても悩ましい日程となった。一般的な社会人は、水曜日の初戦を捨てることを選択せざるを得ないだろう。3000人もの観客を集めるくらい認知度が向上した地域CLだが、今回の規定見直しによって「観戦しづらい大会」となってしまったのである。「プレーヤーズ・ファースト」が大切なことは認めつつも、毎年この大会を楽しみにしている人々も一定数いる。そういったファンを、なし崩しに排除することの是非は、どこかで問われるべきだと個人的には考えている。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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