ジョホールバルの歓喜、それぞれの想い 集中連載「ジョホールバルの真実」(19)

飯尾篤史

選手やスタッフを労う小野剛を支配していたのは、安堵の感情だったという 【写真:FAR EAST PRESS/アフロ】

 選手やスタッフを労う小野剛を支配していたのは、安堵(あんど)の感情だった。
 それまで強化委員としてチームの外にいた小野がコーチングスタッフとしてチームに加わったのは、中央アジア遠征を終えた10月半ばのことだった。
 監督続行を決意した岡田からアシスタントコーチの役回りを要請された小野は、ふたつ返事で了承した。ところが、岡田に叱られるのだ。
「バカか、おまえ。簡単に言うな。負けたら、俺もおまえもサッカー界にいられなくなるかもしれないんだぞ。明日もう一回電話するから、しっかり考えて決めてくれ」
 岡田はそれほどの覚悟で監督を引き受け、信頼する小野に同じ覚悟を持って付いて来てくれるのかと問うたのだ。
「電話を切ったあと、岡田さんの覚悟がじわじわと伝わってきて、涙が出てきた。でも、それが分かったからこそ、私もエネルギーが湧いてきた。翌日、『覚悟はできています。ぜひ一緒にやりたいです』と答えたんです」
 岡田も小野も、自身のサッカー人生を懸けて臨んだ最終予選だったのだ。

みんなで勝ち取った初めてのワールドカップの出場権だった 【写真:岡沢克郎/アフロ】

 バスに乗ってスタジアムをあとにした日本代表チームは、ホテルに戻ると祝勝会を開いた。それは、成し遂げたことの大きさと比べると、あまりにささやかな打ち上げだった。羽目を外して盛り上がるには、誰もが疲れ切っていたからだ。
 しばらくして各々が三々五々、部屋へと戻っていくなかで、北澤はカズ、井原正巳、中山雅史を誘ってロビーに降りた。そこには、日本代表のサポーターが集まっていた。
「一緒に戦ってきた仲間に感謝というか、一緒に祝杯をあげたかったんだ。だから、カズさんたちと『下に降りましょうか』って。やっぱり、みんなで勝ち取ったワールドカップの出場権だからね」

<第20回に続く>

集中連載「ジョホールバルの真実」

第1回 戦士たちの休息、参謀の長い一日
第2回 チームがひとつになったアルマトイの夜
第3回 クアラルンプールでの戦闘準備
第4回 ドーハ組、北澤豪がもたらしたもの
第5回 焦りが見え隠れしたイランの挑発行為
第6回 カズの不調と城彰二の複雑な想い
第7回 イランの奇策と岡田武史の判断
第8回 スカウティング通りのゴンゴール
第9回 20歳の司令塔、中田英寿
第10回 ドーハの教訓が生きたハーフタイム
第11回 アジジのスピード、ダエイのヘッド
第12回 最終ラインへ、山口素弘の決断
第13回 誰もが驚いた2トップの同時交代
第14回 絶体絶命のピンチを救ったインターセプト
第15回 起死回生の同点ヘッド
第16回 母を亡くした呂比須ワグナーの覚悟
第17回 最後のカード、岡野雅行の投入
第18回 キックオフから118分、歴史が動いた
第19回 ジョホールバルの歓喜、それぞれの想い
第20回 20年の時を超え、次世代へ(11月15日掲載)

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著者プロフィール

東京都生まれ。明治大学を卒業後、編集プロダクションを経て、日本スポーツ企画出版社に入社し、「週刊サッカーダイジェスト」編集部に配属。2012年からフリーランスに転身し、国内外のサッカーシーンを取材する。著書に『黄金の1年 一流Jリーガー19人が明かす分岐点』(ソル・メディア)、『残心 Jリーガー中村憲剛の挑戦と挫折の1700日』(講談社)、構成として岡崎慎司『未到 奇跡の一年』(KKベストセラーズ)などがある。

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