キックオフから118分、歴史が動いた 集中連載「ジョホールバルの真実」(18)
岡野雅行は何度かGKと1対1のチャンスを迎えたが…… 【写真:岡沢克郎/アフロ】
開始早々、中田英寿のパスを受けた岡野雅行がドリブルで突進し、GKと1対1の局面を作ったのだ。しかし、岡野のシュートはGKのセーブに遭った。
延長前半13分、またしても中田のスルーパスを受けた岡野がGKと1対1のチャンスを迎えたが、シュートではなく中田へのパスを選択し、戻ってきたイランDFにクリアされた。
中田が天を仰ぎ、スタジアムは大きなタメ息に包まれた。
「何してんだよ、ふざけんなよ、こんなんなら代わらなきゃよかった、って思った」
岡野に託し、ベンチに下がった北澤豪は、消極的なプレーにいら立ちを覚えていた。
延長前半の終了間際にも、ゴール前のこぼれ球に岡野が飛び込んだが、ボールはバーを大きく越えていき、ベンチ前では岡田武史が頭を掻きむしるようにして悔しがった。
圧倒的に押し込みながら、ゴールを奪えない状況に業を煮やした山口素弘は、中田を捕まえてこう告げた。
「もう、おまえが決めちゃってくれよ、こっちもしんどいからさ」
延長後半5分、城彰二がGKアハマドレザ・アベドザデと激しく衝突し、軽い脳震盪を起こす 【Getty Images】
ショートコーナーから中田がセンタリングを入れると、ニアポストに飛び込んだ城彰二がGKアハマドレザ・アベドザデと激しく衝突したのだ。
身長差が10センチ以上もある巨漢の体当たりを受けた城は、ピッチに倒れ込んだ。一方、ゴールポストに左脇腹をしたたかに打ち付けたアベドザデも、ぴくりとも動かない。
ベンチの岡田は心配そうな表情で、イランのゴール前を見つめている。
日本サポーターによる「ジョー・ショージ」コールの大合唱の中、先に城が立ち上がると、続いてアベドザデも起き上がり、イランのゴールキックでプレーが再開された。
だが、城の頭からは、このときの記憶がすっぽりと抜け落ちている。
「飛び込んだところまでは覚えているんですけど、GKとぶつかった瞬間から記憶がないんですよ。このあと、もう一回GKと交錯していて、そのとき、ヒデが僕の頭を抱えながら『大丈夫か』と話し掛けたらしいんですけど、全然覚えていない。ヒデが言うには、僕の目がどこか飛んでいたらしいです」
城は軽い脳震盪(のうしんとう)を起こしていた。だが、日本は交代カードを使い切っている。城を代えることはできなかった。
再び城と交錯し、おそらく時間稼ぎを意識して倒れていたGKアベドザデが立ち上がり、試合が再開されると、日本の猛攻に耐え続けていたイランが反撃に転じた。
延長後半12分、メフディ・マハダビキアが右サイドを突破し、センタリングを流し込む。懸命に追走した名波浩が足を伸ばしたが、ボールはその先を通り、GK川口能活と井原正巳、そして秋田豊の間を抜けていく。
そこに飛び込んできたアリ・ダエイの左足が、ボールを捉えた――。
その瞬間、ベンチの岡田は頭を抱え、失点を覚悟したという。
必死に帰陣した名良橋晃も「終わった」と思った。
しかし、ピッチ内では、少なくともふたりの選手が冷静に状況を見極めていた。
ひとりは中田である。
〈シュートのポジションに入るのがちょっと遅れたのと、軸足がヨレてたのが見えたんです。それで、あ、もしかしたら大丈夫かな、と〉(『Sports Graphic Number』1997年12月18日号)
もうひとりは、ダエイのマークにあたった秋田だった。
〈あの瞬間、僕が自殺点を犯す確率とダエイがゴールを外す確率とを天秤にかけた。ピッチがスリッピーだったから、ダエイとて合わせるのは難しいだろうと。それで見送ったら案の定……。僕は意外に冷静に判断できた〉(『Sports Graphic Number』1998年1月15日号)
ダエイのフィニッシュは、2人の読み通り、わずかにバーを越えていく。
歴史が動くのは、この直後のことだ。