苦しみ覚悟で臨むリールでのブラジル戦 「ベテラン排除」の指揮官の意図は?

宇都宮徹壱

香川も本田も岡崎もいない欧州遠征

リールでの日本代表のトレーニング風景。大型スクリーンには歓迎の日の丸が映し出されている 【宇都宮徹壱】

「勝色」──成田からシャルル・ド・ゴール空港に向かうエール・フランスの機内にて執筆作業をしていたとき、ふと見覚えのある二文字が視界に飛び込んできた。隣の席の30代くらいの男性が広げているPCには、このほど発表された日本代表の新しいユニホームを着た香川真司と、「勝色」なるキャッチコピーが映し出されている。おそらくサプライヤー系のお仕事の方なのだろう。一瞬、話し掛けようかなと思ったが、すぐに思いとどまった。話の流れで、どうしても香川落選について触れざるを得なくなるからだ。

 SNSでのサッカーファンの反応を見る限り、今回のユニホームの評判は決して芳しいものではない。とりわけ「布地に糸で柄を刺繍する『刺し子』をイメージした」という点線模様については「ジンベイザメみたいだ」とか「戦時中の千人針ではないか」とか、ひどいのになると「家庭科で雑巾を作ったのを思い出した」なんて書き込みもあった。個人的には、ユニホームの評価というものは「結果がすべて」だと思っている。2009年に発表されたユニホームも、襟元の赤い正方形が「ヨダレかけみたいだ」とさんざんの言われようだった。だが、翌年のワールドカップ(W杯)・南アフリカ大会で日本がベスト16という戦績を残して以降、このユニホームは誇らしいデザインとして記憶されることとなった。

 今回の新ユニホームも、代表が結果を残すことで「よき記憶」へと昇華する可能性は十分にあると思う。むしろサプライヤー側の一番の誤算は、広告塔として起用していた香川が、新ユニホームお披露目となる今回の欧州遠征の選から漏れたことだろう。今回の落選について、香川自身が「理由を知りたい」と語ったことが報じられていたが、もしかしたら「ピッチ外のこと」も発言の背景にはあったのかもしれない。余談ながら、香川に代わって10番を担うことになった乾貴士は「(この番号は)真司のものだと思っている」と、セレッソ大阪時代のチームメートへの配慮を示している。

 今回の欧州遠征の最初の取材地であるリールには、シャルル・ド・ゴール空港から鉄道で移動して1時間ほどで到着。この時期のフランスは、17時にはどっぷりと日が落ちる。気温は7度で想像以上に低い。思えば、日本代表の取材で欧州を訪れるのは4年ぶりのこと(最後は13年11月のオランダ戦とベルギー戦)。香川がいない、そして本田圭佑も岡崎慎司もいない、今回の欧州遠征。果たして、FIFA(国際サッカー連盟)ランキング2位のブラジル、そして5位(10月16日付)のベルギーと対戦して、日本代表は何を持ち帰ることができるのだろうか。来年6月のW杯本大会まで、残された時間はあと7カ月である。

現地では知られていない(?)日本対ブラジルだが

「イメージ的には90分間苦しむ展開になる」と語る原口。コンディションは「バッチリ」とのこと 【宇都宮徹壱】

 フランス北部、ノール県の県庁所在地リールは、ベルギーとの国境の街として知られ、人口は約23万人。地元のクラブ、LOSCリール・メトロポールは、かつてヴァイッド・ハリルホジッチ監督が指揮したことでも知られ、彼の家族は今もこの街で暮らしている。そんなリールだが、今月10日にここで日本対ブラジルの親善試合が行われることは、あまり周知されていないようだ。宿泊先のB&Bのオーナーも、地元のレストランで言葉を交わした地元のカップルも、いくら私が「金曜日にフットボールの試合がある」と言っても、怪訝(けげん)な顔をするばかり。おそらくは、平日の13時キックオフという時間帯に原因があるのだろう。

 ブラジル戦の2日前、8日の13時よりリール市内で日本代表のトレーニングが行われた。いつものように冒頭15分のみの公開だったが、ここで取材者の注目を集めたのが、選手が着用していたビブスの色。フィールドプレーヤーの22人は、ピンク、黄、白、青の4グループに分けられ、ピンクと黄がディフェンス、白と青がオフェンスの選手という振り分けだった。この組み合わせで、スタメンのメンバーが見えてくるようにも思えたが、読者のミスリードを誘う恐れもあるので、これ以上の言及は控えることにしたい。

 試合後のミックスゾーンでは、ブラジルとの対戦を迎えるにあたって、選手からの神妙なコメントが相次いだ。「ハイチ戦の時のようなミスがあると、スコンスコンとやられてしまう」(昌子源)、「間違いなく言えるのが、しっかりした守備から入ること。相手の攻撃はパターンが多いですし、しっかりブロックを作ってやっていくのが賢く守れる方法かなと」(西川周作)。そうした覚悟は、ディフェンスの選手に限った話ではない。原口元気は「イメージ的には90分間苦しむ展開になるでしょうね。間違いなく。でも、苦しまないと勝てない相手なので、苦しみにいく覚悟で(笑)」と語った。

 日本はこれまでブラジルと11戦を戦い、結果は0勝2分け9敗、4得点31失点という圧倒的な数字が残っている。ある種「メモリアルな試合」と位置づけられた95年のアンブロカップ(●0−3)、あるいは「勝つしかない」と自暴自棄に臨んで散っていった06年のW杯(●1−4)。そうした時代と比べると、最近の日本代表はブラジルに対して現実的に挑むようになった。しかしながら、06年のドルトムントでの対戦以降、4試合続けて3点差以上の敗戦を続けているのも事実であり、直近の3試合は1ゴールも挙げていない。原口が「苦しみにいく覚悟で」と語るのも、無理もない話だと思う。

 新ユニホームが披露されるブラジル戦は、もしかしたら日本にとって惨憺(さんたん)たる結果に終わるかもしれない。あえて香川や本田や岡崎といった「計算が見込めるベテラン」を招集しなかったことで、指揮官が批判の矢面に立たされるリスクも十分に考えられよう。さらに、ベルギー戦でも大差で敗れたならば、逆風が本番直前まで吹き荒れてもおかしくない。そうしたリスクを承知で、強豪との連戦に臨むハリルホジッチ監督の意図は、果たしてどこにあるのか? 今回の欧州遠征取材では、その部分を中心にフォーカスしていくことにしたい。
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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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