【中学野球部地域移行シリーズ 第6弾】競技人口減少する中学野球にプロ野球は何ができるのか。ジャイアンツが指導者派遣で伝えたいこと

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【©中島大輔】

「キャッチボールでは片手で捕っている人がほとんどだけど、捕ったら必ず投げるよね?両手で捕ってください」

2024年10月、代々木中学校に集まった東京都渋谷区の8つの公立中学野球部の合同練習。巨人が運営するジャイアンツアカデミーの上田和明副校長はキャッチボールで気をつけてほしいことを約30人の参加者に語りかけた。
1980年代後半から巨人の内野手として活躍した上田さんが、その意図を説明する。

「どこの中学に教えに行っても、『キャッチボールができません』というところが結構多いんです。投げ方が悪いとケガのリスクになり、肩肘を痛める。『いい投げ方をするとケガしないよ』と教えていきたいとずっと思っています」

ジャイアンツアカデミーの上田和明副校長 【©中島大輔】

15年で中学野球部員が半減

2009年度時点で全国に30万7053人だった中学野球部員が、2024年度には12万9805人まで減少――。

ジャイアンツU15ジュニアユースの大森剛代表は数年前、中学野球部員が激減している事実を知り衝撃を受けた。強烈な危機感を抱いたことが、野球振興活動により力を入れるようになったきっかけだった。

2024年に自球団で中学生世代の硬式チームを立ち上げた一方、数年前から中学野球部にアカデミーの指導者を派遣している。大森代表が続ける。

「ジャイアンツアカデミー出身の指導者が中学軟式野球部を訪れて技術指導しています。『もう1回お願いします』とリクエストされるなど、ものすごく好評らしいです。他の球団にも伝わり、『ジャイアンツがコーチを派遣するというやり方をマネしなければいけない』となっているようです」

プロ球団の使命

中学校の野球部員が減少するなか、プロ球団として何ができるか。2022年、株式会社読売巨人軍の振興部は東京都中体連で付き合いのある地区でアカデミーの指導者を派遣し、評判を受けて翌年から都内全域に拡大していった。

個別に依頼をもらって都内の中学校を訪問する一方、東京ドームのある文京区や、よみうりランドのある稲城市で数回実施。さらに渋谷区から依頼を受けて初めて行ったのが、冒頭の合同練習だ。

野球振興部の石田和之課長が説明する。

「学校ならやりやすいし、お金もかからないし、親の負担もない。部活動なら野球をやろうかなという子も一定数います。業界としては競技者を育てるだけでなく、愛好家を広げることも大事だと考えています」

将来の野球ファンを増やしていくことが、プロ球団としての使命だ。石田課長が続ける。

「中学野球部支援活動のベースになっているのがアカデミーです。平日、小学生から未就学児向けに行なっているスクールのことです。本気で受講している子からそうではない子まで幅はあるけど、とにかく楽しくやってもらう。それをベースに今、中学でも行なっています」

外部指導者のやりがい

渋谷区には公立中学校が8つあり、そのうち4校が地域移行を進め、区の委託を受けて渋谷区スポーツ協会が管轄している。その一つの代々木中学校で、ユナイテッドコーチとして報酬をもらいながら外部指導を行なっているのが林広宣さんだ。

平日に4回、グラウンドで2時間教えるのに加え、日報を書く。顧問の先生も部活に熱心だが、学校行事などでグラウンドに顔を出せない日も少なくない。

創価大学硬式野球部出身の林さんは、顧問の先生にとって頼りになる存在だ。林さんが、野球部における役割分担について説明する。

「顧問の先生は年齢が10歳以上も下ですが、お互いに立てながらいい関係を築いています。野球の技術は基本的に僕が中心に教えて、顧問の先生も技術を教えながら気持ちの面を見ていく。部活には学校生活も関わるので、そうした部分は教員が担ったほうがいいのかなと。二人で、いい塩梅でやっていると思います」

代々木中の野球部員は1、2年で計8人。そのうち2人は中学から始めた。

林さんが2024年4月に初めて見たときは「捕れない、投げ方もわからない。バットを振っても当たらない」というレベルの部員もいたが、「今は誰が初心者かわからないくらいまで来た」。
保険代理店を経営する林さんが時間をやりくりしながら野球指導も行なうのは、やりがいが大きいからに他ならない。

「中学生は身長が伸びたり、心の変化もあったりする上での野球です。だからほめたり、『もっとできるよ』と声をかけたりしないといけないので、その強弱が難しいですね。でも本業では部下がいるので、社会経験は指導でも生きています。自分の身の回りのことを例に出しながら、約束を守る大切さなども教えています。そういう面で成長が見られるのはやりがいを感じますね」

林さんは野球少年だった頃、よく覚えている光景がある。広島の山本浩二さんが野球教室に来てくれたことだ。

「現役時代を見ていたわけではありませんが、ジャンパーを脱いだら体がデカくて『カープ』と書いてあったら『プロ野球選手だ!』となります。テレビでしか見たことのないプロ野球選手が目の前にいるわけですからね。その日のことを今でも覚えているということは、こういう時間は大事なんだと思います。生徒も、ジャイアンツのユニフォームを着た人が教えてにくてくれるのはうれしいでしょうね」

実際、上田さんはジャイアンツのユニフォームを着て指導に行くと、「プロ野球が来てくれるんだ」と好反応をもらうことがよくあると言う。

「40代後半から50代の指導者には『見てました』という人もいて、それがうれしいのもあって『来てくれてありがたい』と言ってもらいますね。1回指導したら、2回目につながることも多くありました。2023年は年間50回、2024年は70回以上訪れています」

代々木中学校で外部指導を行なっている林広宣さん 【©中島大輔】

「大事なのは続けること」

自分たちのグラウンドにプロ野球の指導者が来てくれる喜びに加え、選手、指導者が得られるものは多くある。上田さんが心がけるのは、選手たちには基本の大切さを教え、野球経験の浅い先生には練習の仕方を伝えていくことだ。

「大事なのは続けることなので、今日も『家に帰ってからでいいから、気づいたことをノートに書いてね』と言いました。それを見て確かめて、『次の練習ではこれをやろうかな』と思う子が増えてくれることが目標です。
 我々の指導は、プロ野球選手を育てることが目的ではありません。一番は中学校の競技人口や指導者も減っているなか、教え方がわからないチームもあるので、『今日は参考になりました。今後もこうやって教えていきます』となってもらえることです」

振興部の石田課長によると、「日程さえ合えば基本、リクエストに応えています」という。さらに「今、個別の依頼が少ないので、本当はもっと来てほしいですね」とのことだ。
東京都内の中学野球部はぜひ指導者の派遣を依頼してみてはいかがだろうか。


(取材/文/写真:中島大輔)

【©中島大輔】

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