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東京2020 THE WAY to 2020

阿部一二三、世界が驚嘆した柔道の原点
才能に頼らず、努力と挫折で成長した逸材

 2020年東京五輪、そして世界に向けて、それぞれの地元から羽ばたくアスリートたち。彼ら彼女らを「未来に輝け! ニッポンのアスリートたち」として連載で紹介する。第1回の注目アスリートは兵庫県出身、柔道の阿部一二三(日本体育大)だ。

“一本を取る”柔道で世界王者に

世界選手権で初出場ながら金メダルを獲得した阿部一二三。“一本を取る”柔道は観る者を驚かせた
世界選手権で初出場ながら金メダルを獲得した阿部一二三。“一本を取る”柔道は観る者を驚かせた【写真:中西祐介/アフロスポーツ】

 今年8月、ハンガリー・ブダペストで行われた柔道の世界選手権。男子66キロ級に出場した阿部一二三は、初出場で金メダルを獲得した。


 内容が見事だった。6試合中5試合で一本勝ちを収めたのである。しかも決勝でミハイル・プリャエフ(ロシア)を相手に、袖釣り込み腰で一本勝ちしたのを始め、背負い投げ、体落としなど、豪快な投げ技は、海外の柔道関係者や観客を含め、観る者を驚嘆させた。まさしく一本を取る、日本が理想とする柔道がそこにあった。

前途洋々だった中高時代

高校2年生でグランドスラム東京を制覇。破竹の勢いでトップ選手への階段を駆け上がっていった
高校2年生でグランドスラム東京を制覇。破竹の勢いでトップ選手への階段を駆け上がっていった【写真:長田洋平/アフロスポーツ】

「逸材」「屈指の才能」とも呼ばれる20歳の気鋭は、しかし、始めから無敵を誇ったわけではなかった。


 兵庫県神戸市に生まれた阿部は6歳のとき、柔道を始めた。当初は道場で、同学年相手に勝ったり負けたりを繰り返したという。そんな阿部のために、消防士の父はトレーニングメニューを考えてくれた。それは主に足腰を鍛えるものだったが、そこで体幹が鍛えられることになった。


 出会いもあった。夙川学院高校柔道部監督の松本純一郎氏の指導を受けるようになると、力を伸ばしていった。中学2、3年生で全国中学校柔道大会で優勝し、注目を集める存在となっていった。


 その後、地元の神戸市にある神港学園高校に進学する。歩みは止まらない。むしろ加速していった。

 とりわけ、阿部の名が広く知れ渡ることになったのは高校2年生のときだった。全日本ジュニア選手権を制した阿部は、2014年11月、講道館杯全日本体重別選手権で優勝する。高校生での優勝は、北京五輪100キロ超級金メダルの石井慧が優勝した2004年以来のこと、高校2年生での優勝は史上初のことだった。


 さらに同12月のグランドスラム東京大会では、ロンドン五輪で銅メダルを獲得し世界選手権で3連覇していた海老沼匡(パーク24)を準決勝で破るなどして優勝を果たした。高校生での優勝は、男子では史上初だった。


 初めて尽くしの快進撃を見せた阿部は、2年後のリオデジャネイロ五輪の代表候補の一人として目されるまでになった。阿部自身、「これでリオに近づけました」と、五輪を意識していた。前途洋々と言ってよかった。

松原孝臣
1967年、東京都生まれ。フリーライター・編集者。大学を卒業後、出版社勤務を経てフリーライターに。その後「Number」の編集に10年携わり、再びフリーに。五輪競技を中心に執筆を続け、夏季は'04年アテネ、'08年北京、'12年ロンドン、冬季は'02年ソルトレイクシティ、'06年トリノ、'10年バンクーバー、'14年ソチと現地で取材にあたる。著書に『高齢者は社会資源だ』(ハリウコミュニケーションズ)『フライングガールズ−高梨沙羅と女子ジャンプの挑戦−』(文藝春秋)など。7月に『メダリストに学ぶ 前人未到の結果を出す力』(クロスメディア・パブリッシング)を刊行。
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