ハイチ戦であらわになった日本の課題 あまりにも脆かった吉田不在の守備ライン

宇都宮徹壱

日本になじみのないハイチの輝かしい過去とは?

なじみの薄い存在だったハイチとの一戦は、日本の課題がクローズアップされることになった 【写真:松尾/アフロスポーツ】

「それから、この場を借りて申し上げたいのだが」と前置きして、ハイチとの親善試合を前にして、ヴァイッド・ハリルホジッチ監督はこう続けた。「明日、多くのサポーターに来てほしい。要するに、まだチケットが余っている。まだまだたくさんのサポーターが必要だ。われわれをサポートしてほしい」──。日本代表監督が前日会見で、「チケットが余っている」と告白するのは異例のことだ。

 実際、JFA(日本サッカー協会)は当日券販売を試合4日前の時点で発表している。7万人を超える日産スタジアムの大きすぎるキャパの問題か、連休明けの開催のためか、あるいはハイチという日本にとって、ほとんどなじみのない相手の問題か(当日の入場者数は4万7,420人と発表された)。

 最新(9月14日付)のFIFA(国際サッカー連盟)ランキングによると、ハイチは48位(日本は40位)。ギリシャとブルキナファソの間だから、そんなに弱小国というわけではない。それにハイチは、ワールドカップ(W杯)出場経験だってあるのだ。1974年の西ドイツ(当時)大会では、北中米カリブ連盟の唯一の代表として出場。ポーランド、アルゼンチン、イタリアという強豪ぞろいのグループに組み込まれ、3戦全敗の最下位に終わった。それでもイタリア戦では、エマニュエル・サノンという選手が当時の名GKディノ・ゾフの無失点記録を破るゴールを決めている(ゾフの記録は1143分でストップ)。

 そんな輝かしい過去を持つハイチだが、やはり日本にとってなじみの薄い存在であることに変わりはないし、世界的に有名な選手がいるわけでもない。よって取材する側としては、何かしら「日本との関連性」を見いだそうと必死になる。ひとつヒントになったのが、ハイチのマルク・コラ監督について、ハリルホジッチ監督が「PSG(パリ・サンジェルマン)時代に一緒だったことがある」と会見で述べたことだ。そのことについて問われたコラ監督は、「私がPSGの育成の指導者だった時、彼は現役でプレーしていた。こういう形で再会できるとは思わなかった」としながらも、「残念ながらヴァイッドと一緒だったのは1年だけだ。なぜなら当時、すでに彼は現役の晩年だったからね」と語っている。

 むしろ日本のメディアの注目を集めていたのは、ザカリー・エリボーという21歳のMFであった。父はハイチ人、母は日本人で大阪の吹田生まれ。3歳のときに渡米してボストンで暮らし、現在はMLS(メジャーリーグサッカー)のニューイングランド・レボリューションでプレーしている。試合前日のミックスゾーンでは「ハイチ代表として日本で試合ができるのはむっちゃ楽しみ(笑)」と、流ちょうな大阪弁でしっかりメディア対応していた。当人は明言を避けていたが、ここでアピールすれば日本代表に呼ばれる可能性だって、決してゼロではないだろう。翌日の日本戦、エリボーは背番号8を付けてスタメンフル出場を果たした。

倉田と杉本のゴールで楽勝ムードとなった日本だが……

ハイチ戦ではフレッシュな顔ぶれがスターティングメンバーに並んだ 【写真:西村尚己/アフロスポーツ】

 さて、コラ監督とエリボーの話を総合すると、今回の日本遠征の準備に3日、練習は2回(エリボーによれば1回)しか行われていないそうだ。すでにW杯の夢は4次予選で絶たれ、ハイチは約半年にわたり試合をしていない。加えて監督も代わり、チームも刷新されたばかり。そんな相手に対し、日本は完全にテストモードで臨むことになった。GK東口順昭。DFは右から酒井高徳、昌子源、槙野智章、長友佑都。中盤はアンカーに遠藤航、インサイドハーフに倉田秋と小林祐希。FWは右に浅野拓磨、左に乾貴士、そしてセンターに杉本健勇という陣容である。

 前回のニュージーランド戦から残ったのは、槙野と長友のみ。このところ連続出場が続いていた、酒井宏樹は16年6月7日のボスニア・ヘルツェゴビナ戦以来、吉田麻也に至っては15年3月31日のウズベキスタン戦以来のベンチスタートである。そしてキャプテンマークは、スタメンで最多のキャップ数(98/ハイチ戦をのぞく)を持つ長友の左腕に巻かれた。前日会見では「いろいろなオーガナイズはトライしてみたい」と語っていたハリルホジッチ監督だったが、それは「できるだけ多くの選手にチャンスを与える」という意味でもあった。普段、ベンチスタートの選手たちは、千載一遇のチャンスを与えられたことになる。

 フレッシュな顔ぶれには、いくつも注目点があった。アンカーで起用された遠藤が、長谷部誠の代役となり得るか。初めてセンターFWでスタメン起用された杉本が、どれだけ監督の期待に応えられるか。インサイドハーフで初めてコンビを組む、小林と倉田の相性はどうか。そして吉田不在のディフェンスラインがどこまで機能するか。少なくともこのハイチ戦は、そうした各々のテストをじっくり見極める場となるはずだった。

 序盤の日本は、非常に理想的な試合の入りを見せた。前半7分、長友の左からのクロスに倉田がニアサイドから頭で合わせ、ボールはそのままゴール右隅に吸い込まれる。ニュージーランド戦に続いての倉田のゴールで、日本は幸先良く先制した。その10分後、右サイドから浅野、杉本とつないで、倉田がシュート。これは相手GKにブロックされるも、倉田の背後に走り込んでいた杉本が右足で押し込んで追加点を挙げる。やや当たり損ねのキックだったが、杉本は代表3試合目にしてうれしい初ゴール。「今日の相手なら楽勝だ」──この日、日産スタジアムにいた誰もが、そう思ったはずである。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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