ハイチ戦であらわになった日本の課題 あまりにも脆かった吉田不在の守備ライン

宇都宮徹壱

相次いで失点、実戦モードに切り替えた日本

A代表初キャップを飾った車屋紳太郎 【高須力】

 しかし楽勝ムードから一転、日本はハイチに冷水を浴びせられるような得点を食らう。前半28分、ハイチは自陣からパスを受けたデュカン・ナゾンが、遠藤のスライディングを振り払うように前進して、右サイドに展開したドナルド・ゲリエにパス。ゲリエは中央にカットインしてラストパスを送り、フリーで走り込んできたボランチのケビン・ラフランスがワントラップからゴールに押し込んだ。もっともこの失点は「アンラッキー」な印象も強く、前線で小林と乾が何度もチャンスを演出していたので、まだまだ日本は楽観することができた。

 2−1のスコアで迎えたハーフタイム、ハリルホジッチ監督は2枚同時にカードを切る。長友と浅野を下げて、車屋紳太郎と原口元気を投入。いずれの交代も、コンディションをおもんぱかってのものであった。ところがエンドが替わると、さらに雲行きは怪しくなる。後半8分、ハイチは右サイドのタッチライン付近でセットプレーを得る。何でもないリスタートだったが、メシャック・ジェロームが縦にボールを出した時、間近にいた車屋をはじめ、日本の守備陣の反応は明らかに遅れていた。ボールを受けたカルランス・アルキュスは難なく中央に折り返し、グラウンダー気味のボールをナゾンが右足で合わせてネットを揺らす。

 さすがに、このままではまずいと日本ベンチも慌てたのだろう。それまでのテストモードから、次第に実戦モードに切り替えるような選手交代が続く。同点に追いつかれた直後の後半11分には、小林OUTで井手口陽介IN。14分には、倉田OUTで香川真司IN。そして19分には、杉本OUTで大迫勇也IN。しかし後半33分、日本は再びナゾンに決められてしまう。今度はミドルレンジから、カーブがかかったシュートをフリーで打たれ、とうとうハイチが逆転に成功。日本が3失点を喫するのは、ハリルホジッチ体制になって初めてのことだ。2分後、日本は乾に代えて武藤嘉紀をピッチに送り出し、これが最後の交代となった。

 体勢を建て直した日本は、その後は惜しいシュートを何度も放つも、弾道はなかなか枠に飛ばない。40分を過ぎると、観客が次第にスタンドから去っていく。最近の代表戦では、まず見かけなかった光景だ。やがて表示された、アディショナルタイムは3分。敗戦を覚悟した45分+2分、ようやく日本が最後の意地を見せる。原口のパスを受けた車屋が左から低いクロスを供給。酒井高が左足でシュートを放ち、ゴール前で倒れていた香川が巧みにコースを変えてネットを揺らした。これで3−3の同点。ほどなくしてタイムアップのホイッスルが鳴った。

対戦相手がハイチだったのは日本にとって幸い?

ディフェンスラインでの吉田の不在は、想像していた以上に大きなものだった 【写真:西村尚己/アフロスポーツ】

 どうやらわれわれは、現体制となった31試合目にして、最もひどい試合を見せられたようだ。試合後の会見でハリルホジッチ監督は「私もこの仕事が長いが、こんなに良くない試合は初めてだ」と告白し、サポーターに対しては「(試合に)来てくださいと言っておきながら、こんな試合をしてしまったことを謝罪したい」と侘び、さらにメディアに対しては「このメンバーを選んだ私を批判してほしい」とまで言い切った。これほど打ちのめされ、自虐的になっている指揮官は初めて見たように思う。それほどまでに、このハイチ戦は衝撃的な内容であった。

 確かに、土壇場で同点に追いつくことができたことについては、ある程度は評価してよいだろう。しかしながら、失点の内容(特に2点目)があまりにもお粗末にすぎた。そしてその原因は、思いのほか根深いようだ。ハリルホジッチ監督いわく「何人かの選手の脆さには驚いたし、ちょっとがっかりした。それほど強豪国が相手ではないのに、ナイーブさからパニックになった」。ゲームキャプテンの長友も「ちょっとオドオドしているというか、怖がってプレーしている選手もいたんじゃないか」と、指揮官の危惧を裏付ける発言をしている。

 とりわけ、ディフェンスラインでの吉田の不在は、想像していた以上に大きなものであった。これまで日本は、長谷部のけがによる不在を何とかしのいできたし、本田圭佑や岡崎慎司や香川が不調のときも若い選手たちの台頭で十分に補完することができた。しかしセンターバックのポジションに関しては、親善試合のウズベキスタン戦でベンチとなった以外、ずっと吉田がその一角を担ってきたのである(招集されなかった15年の東アジアカップを除く)。もちろん、頻繁に代えられるポジションではないが、それにしても守備面における吉田の依存度が想像以上に高かったことが、このハイチ戦では明らかになった。

 この日は、オーストラリアとシリアとのアジア5位決定戦があり(オーストラリアが2−1で勝利して大陸間プレーオフに進出)、欧州や南米でも予選の最終節が行われていた。各大陸で究極の真剣勝負が行われる中、SNS上では日本の強化試合のヌルさを指摘する声が殺到していた。気持ちは分かる。とはいえ、10月のシリーズで対戦できるチームは限られていたし、仮に開催国のロシアとアウェーで試合ができたとしても、日本の弱点がこれほど明確に露出したかどうかは疑わしい。「アウェーだから」とか「相手はランクが上だから」といった理由で、見過ごされてしまう可能性も十分にあったのではないか。

 むしろ対戦相手がハイチだったことが、日本にとって幸いだったのかもしれない。そして、このタイミングで日本の課題がクローズアップされたことも。もちろん、ソリューションを導き出すことは、決して容易ではない。それでも、まったく課題に気づかないまま本番を迎えるよりも、はるかに救いがあったと言えよう。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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